ソーシャル・ビジネスとコンサルタント

社会課題解決型ビジネスの始まり

2009年は「BOPビジネス元年」と言われていた年で、この年の前後からJICA(国際協力機構)もJETRO(日本貿易振興機構)も、途上国の社会課題解決型ビジネスにチャレンジする日本の企業に対する補助金制度を整備し始めました。

それ以前も、いくつかの大企業は既に東南アジア、南アジア、東アフリカなどに市場開拓のためのアプローチを行っていたのですが、JICA、JETROのキャンペーンを契機に、様々な中小企業も途上国の低所得層までを視野に入れた海外進出を考え始めたのです。

こうした「夢」のある事業は、大企業よりも創業者の意思が直接反映されやすい中小企業の方が取り組みやすい側面があります。またこの時期の経済産業省には、大企業ばかりでなく中小企業に積極的に海外展開をしてもらいたい(人口減の国内市場には先がないし・・・)、という産業政策的な意図もありました。ただ、むやみに補助金をつけるわけにはいかないので「社会課題解決型」のビジネスにチャレンジするなら、という「公益性」を持たせて補助金を正当化したのです。

さて、日本の地方の中小企業の中には、非常にユニークかつ世界水準の技術を持っているところも多くあり、そうした技術は使い方次第で途上国でも活用できる可能性は十分にあります。ただ、問題はほとんど中小企業には「海外進出」の経験もなければ、異文化でのマーケティングのノウハウもないことでした(英語を喋れる社員がいない、という声もよく聞きます)。

そこで、補助金申請時には中小企業と「コンサルタント」がタッグを組んで申請書を作る、ということが推奨されたのです。

二種類のコンサルタント

当時、私はJETROのBOPビジネス支援を担当していて、日本各地の中小企業の方々に「社会課題解決型ビジネスにチャレンジしましょう!」と呼びかけるセミナーを開催して回っていました。と同時に、JETROの本部では「途上国にどんな社会課題解決のニーズがあるのか、想像もできない」という皆さんのために、「潜在ニーズ調査」を実施することにしました。これは従来にないタイプの調査事業です。これも補助金事業なのですが、最初の年は七カ国を対象としました。アジア三か国、アフリカ四カ国です。

具体的には、インドネシアの「衛生・栄養分野BOPビジネス潜在ニーズ調査報告書:インドネシアの衛生・栄養分野(2010年3月) | 調査レポート – 国・地域別に見る – ジェトロ (jetro.go.jp)」、バングラデシュの「保健・医療分野BOPビジネス潜在ニーズ調査報告書:バングラデシュの保健・医療分野(2010年3月) | 調査レポート – 国・地域別に見る – ジェトロ (jetro.go.jp)」、インドの「教育・職業訓練分野BOPビジネス潜在ニーズ調査報告書:インドの教育・職業訓練分野(2010年3月) | 調査レポート – 国・地域別に見る – ジェトロ (jetro.go.jp)」、ケニアの「エネルギー分野BOPビジネス潜在ニーズ調査報告書:ケニアのエネルギー分野(2010年3月) | 調査レポート – 国・地域別に見る – ジェトロ (jetro.go.jp)」、タンザニアの「農漁業敷材分野BOPビジネス潜在ニーズ調査報告書:タンザニアの農漁業資機材分野(2010年3月) | 調査レポート – 国・地域別に見る – ジェトロ (jetro.go.jp)」、エチオピアの「栄養分野BOPビジネス潜在ニーズ調査報告書:エチオピアの栄養分野(2010年3月) | 調査レポート – 国・地域別に見る – ジェトロ (jetro.go.jp)」、ナイジェリアの「栄養・衛生分野BOPビジネス潜在ニーズ調査報告書:ナイジェリアの衛生・栄養分野(2010年3月) | 調査レポート – 国・地域別に見る – ジェトロ (jetro.go.jp)」について、コンサルタントに委託して日本企業の進出のための基礎情報を調べてもらう、というものでした。

そして、この時私は、社会課題解決型ビジネスに取り組もうとするコンサルタントには二種類あることに気づいたのです。一つは、いわゆる「ビジネスコンサル」です。日本国内でも、先進国でも、そして途上国でも、洗練された調査手法を用いて説得力のある数字を引き出し、精緻なビジネスプランを提案してきます。パワーポイントもおしゃれです。

もう一つのタイプはいわゆる「開発コンサル」です。これまでJICAやJBIC(国際協力銀行)、そして国連機関などの開発事業に関連する仕事を担ってきた人々です。彼らは、途上国の現実を良く知っています。インフラの整備状況、公務員の勤務状況、青空市場の運営状況などを身をもって知っているので、「絵にかいたような」ビジネスプランなどぜったいに描けません。パワーポイントもどこか垢抜けません。そして、彼らのやってきた事業は基本的に「善意」「援助」のロジックで成立しています。なので、彼らが提出するビジネスプランは、ビジネスとしては「甘あま」で突っ込みどころ満載なのです。

win-win関係を目指す、というけれど

2010年代の前半は、BOPビジネス、社会課題解決型ビジネス、さらにはインクルーシブ・ビジネスという言葉も生まれ、しばらくはこのような「公共性もあり、ビジネスとしても成り立つ」win-win関係が成り立つのだ、という掛け声で様々なビジネスが試みられました。JICAの事業は当初「BOPビジネス支援」という名前だったものが、SDGsが登場してからは「SDGs支援事業」と名前が変わりましたが、一貫してこうしたwin-win型のビジネスモデルのトライアルに補助金を出しています。

過去10年余りにわたっていろいろな国で様々な分野の事業が試みられましたので、一概に言えませんが、ざっくりいうとなかなかwin-win関係は成り立ってくれません。大企業の場合は、十分な技術力はあっても貧困層へのマーケティングがなかなか進まず、何年間かのトライアルの末に「いつになったら黒字化するのだ」と経営陣から言われて撤退…という例がしばしばみられます。中小企業の場合は、小さな地域でのパイロットプロジェクトはうまくいってもスケールアップのための資金が続かず、撤退、というパターンが多いようです。そして、同じ撤退でも、二種類のコンサルの対応は異なります。

ビジネスコンサルは、なるべく早くキャッシュフローを整えてビジネスの「持続可能性」を成立させることをアドバイスしますが、先進国と違って法律があってもちゃんと守られてなかったり、部品や製品を輸入しようと思っても賄賂を要求されたり、インフラが未整備で流通コストが計算よりも高くなったり、といったハプニングに直面すると「定式化されたビジネスコンサル手法」ではお手上げになるのです。

開発コンサルは、「社会課題」に正面から向き合いますし、中小企業のオーナー経営者も「何とかお役に立ちたい」という熱意があるので、かなり粘ります。しかし、ビジネスとして成立させるためのマネーフローや、人事政策などに「甘さ」があるために現地のスタッフが疲弊して、体力切れになるというパターンが良く見られます。

社会課題解決、公益性は「熱いハート」と「現地理解」がないと追及できません、他方「持続可能なビジネスモデルの確立」は「冷静な経営判断」がないと実現できません。開発コンサルとビジネスコンサルを足して二で割ればよいのですが、それがなかなか難しいのです。どうすれば、社会課題解決を目指す企業を適切に支援できるのか。これを「ソーシャル・ビジネス・コンサルティング」と呼ぶならば、どんなノウハウと能力が「ソーシャル・ビジネス・コンサルティング」に求められるのか。しばらくはこの問題を考えてみたいと思います。

【2021/9/6 開発とビジネス、BOPビジネス】

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