お供え物の行方

ガンジス川の献花ゴミ

インドのガンジス川が、聖なる川だということは有名です。そして、多くの人が沐浴するシーンを映像で見ることもしばしばありますね。同時に、この川がいろいろな生活雑水、工業廃水で汚染されていることが問題となっている、という報道も頻繁に耳にします。ゴミだけではありません。この川には火葬された後の灰が流されます。火葬できない場合は遺体がそのまま流されることもあるそうです。

さらに、ガンジス川には大量の「献花」も流されるのだそうです。これはインドの人々の宗教心の篤さを物語る尺度でもあります。一日に何万トンという花が投げ込まれる大河。しかしその花を包んでいるのはプラスチックだったりするし、その花を育てるためには大量の肥料や殺虫剤が使われることもあり、それが茎、葉、花に残留しています。これらの献花は、投げ込まれた瞬間にプラスチック「ゴミ」、汚染物質と同じ機能を持つことになります。

全てを飲み込むので「母なるガンガー(ガンジス川)」と呼ばれるのでしょうが、いくら母なるガンガーでもやはり、すべてのものを浄化する力には限界があります。なので、ガンジス川の汚染とその浄化のための活動は、現代インドの重要な課題となっているようです。

線香にリサイクルするビジネス

ガンジス沿いのカンプール市をベースとする社会的企業HelpUsGreen (Help Us Green)は、こうした献花ゴミを回収し、花びらだけを選別し、乾燥し、粉末にし、それを粘土状にして、線香に成型し、販売するという一連の活動を、地元の貧しい階級(ゴミ拾い、清掃などを主たる職業にしている)の女性たちを雇用しておこなっています。

この活動によって、①献花ゴミを線香にするという資源の有効活用、②貧困女性のエンパワーメント、そして③ガンジス川の浄化の一環となる、という三つの効果を果たしているとしています。この社会的企業は地元の若者によって2015年に構想され、2021年現在毎日2.5トンの献花ゴミを回収しているとのこと。さすがインド、量がすごいですね

この活動のスポンサーにはアマゾンもついているのようなので、アマゾンの広報ネットワークを通じても周知されています https://www.unenvironment.org/news-and-stories/story/colourful-solution-flower-waste

この活動は、個人的な宗教行為である「献花」が、集合的には公共性を侵害するという問題が背景にあるので、社会起業としてのインパクトの波及効果も大きく、いろいろなところでアワードをもらっているようです。

おてらおやつクラブ

話は全く飛びますが、先日関西を中心に活動している認定NPO「おてらおやつクラブ」のお話を聞く機会がありました。2013年に貧困な状態にある子どもたち(ほとんどが母子家庭)に食事を提供するところから始まった活動ですが、その調達源がおてらの「お供え物」だというところがユニークです。

 お供え→おさがり→おすそ分け というアイデアで、お寺を窓口にして貧困家庭(子ども)を支援するという仕組みだそうで、本拠地は奈良にあり、活動も関西が中心ですが全国のお寺と支援組織をつないでいます。おてらおやつクラブ – 子どもの貧困問題を解決する「おそなえ・おさがり・おすそわけ」の活動 (otera-oyatsu.club)

考えてみれば、奈良時代初期に活躍した行基(668749年)の頃から、仏教は困窮する庶民の支援を視野に入れていました。そう考えると、お寺がシングルマザー支援に乗り出すのはちっとも不思議じゃありませんね。現在日本のコンビニ数は5万5千店舗まで拡大していますが、仏教寺院は減少傾向にあるとはいえ、全国に7万7千寺あるそうです。お寺の数っていくつあるの? 都道府県別寺院数ランキング! | お坊さんの知恵袋 (horinji.or.jp) 

貧困層支援、ホームレス支援、外国人支援などと言うと社会派のNGO、NPOがよく注目されますが、考えてみれば仏教国日本におけるお寺の役割は眠ったままですね。おてらおやつクラブが模索している「相談窓口」「駆け込み寺(文字通り!)」としてのお寺の潜在力の今後が、興味深いです。

お供え物常識の変化

先日は、理事のお一人(福井良應さん)から、おてらおやつクラブの現状のお話を伺ったのですが、この活動の趣旨に賛同するお寺も増え、そのお寺の檀家の中には貧困家庭に回されることを前提として「生理用品」をお供えするようになった人もいる、とのことでした。これはとても面白い可能性を秘めていると思いました。

 もともとお供えは、生産活動に従事しない僧侶の生活の糧のために、檀家である人々が米や野菜などを「寄付」することから始まっているのだと思います。しかし今では、コメや野菜をお盆や法事のお供えに持ってくる人は少なく、お花やおやつ(最中や落雁)などいわば「ぜいたく品」に変化してきたのは、「お供え」をめぐる社会の合意が変わったからです。貨幣経済によって、僧侶は「お布施」から米や野菜を買えるようになったからですね。

だとすれば、「お供え」の機能に関する社会の合意がもう一段変化して、いったん仏様に供えられた後に現世で困窮している人に再配分(リサイクル)されるもの、と考えられるようになったらどうなるでしょう。そうなれば、母子家庭への支援を想定した生理ナプキンがお供えものの標準リストに加えられる、という事も理論的にはあり得ますね(もっとも、妻帯を禁じる戒律を守っている僧侶に生理ナプキンのお供えをするのは、かなりシュールですが)。

おてらおやつクラブの活動は、現状では日本人の母子家庭を対象としていますが、ここに仏教徒の外国人(スリランカ人、ミャンマー人、ネパール人、一部のベトナム人など、困窮が伝えられる技能実習生も多いのです)もアクセスするようになったらどうなるでしょう。ここにも大きな可能性が秘められていると思います。徹底的にドメスティックな日本仏教界への大きなインパクトになるかもしれませんね。

日本のお寺。埋もれた日本の社会関係資本、かもしれません。

2021/10/3 【貧困削減、ソーシャルビジネス】

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