無人兵器の大衆化(イエメンはどこに行く・16)
アナド基地、ドローンで攻撃される
久しぶりにイエメンの事を書こうと思ってネタを探しても、さっそくこんなネタになってしまいました。でも、これが現実ですからめげずに記録しておきます。
2021年8月29日、イエメン南部最大規模の要衝であるアナド基地(アデンの北方守備の要です)に対して、爆弾発射装置の付いたドローン(無人航空機)による攻撃が行われ、兵士が集まっていた格納庫が爆破されて少なくとも30人の兵士が死亡した、というニュースをAFP経由でイギリスのBBCが報道しています。Yemen war: Drone attack on government airbase kills 30 soldiers – BBC News
攻撃されたのはハーディー政権側の兵士ですが、報道では「政府軍」とは書いていません。英文だとpro-government fighters(親政府側の兵士たち)となっています。もちろん、アナドはイエメン政府軍の正式な基地です。しかし、そこに集まって訓練をしていたのは「政府軍」ではないのです。これはどういうことでしょうか。
誰と誰が戦っているのか
一般的には、イエメン「内戦」は首都サナアを2015年以降実効支配している「反政府」ホーシー派と、ハーディー大統領率いる「正統政府」が戦っていることになっています。時折見かける「勢力図」もこの二つの勢力で色分けされています。そして、ハーディー大統領を支援してるのがサウジアラビア、ホーシー派を支援しているのがイランで、それゆえにイエメン内戦は「地域の覇権を争うサウジとイランの代理戦争」と言われるわけです。
ホーシー派は山岳部イエメンのほとんどの地域を実効支配していることになっていて、「政府側」は紅海沿岸平野(ティハマ地方)、アデンなど南部の沿岸平地、そして内陸砂漠から東側のハドラマウト渓谷(ハドラマウト地方)を押さえていて、ぐるりとホーシー派地域を取り囲むようになっています。面積的には政府側の方が大きいですが、人口は山岳部に密集しているので支配人口は拮抗していると言ってよいと思います。
しかし、実は「政府側」というのは様々な「反ホーシー勢力」の寄せ集めでしかないのです。特にアデンを中心とする旧南イエメン(1967年から1990年まではイエメン人民民主共和国という名で存在していました)地域では、ハーディー大統領をあまりよく思っていない人々が半ば自治的に統治していて、ホーシー派との前線では彼らが主力となって戦っているのです。というわけで、少なくとも南部戦線に関しては、ハーディー大統領が掌握している「政府軍」というのはほとんど出てこないのです。
現在イエメンの主要港のである紅海のホデイダめぐる戦線では、確かにハーディー政府軍がホーシー派(現在ホデイダ港を管理している)と戦っています。しかしもう何年も膠着状態です。内陸部マーリブはイエメンの主要油田がある地域で、今年に入ってからホーシー派の攻撃が激化していますが、ここで戦っているのは「政府軍」というより、地元の部族軍が主力だと思われます。もちろん、政府軍とは連携していて、サウジなどの「アラブ有志軍」の支援を受けています。
貧者の武器、ドローン
現在イエメンの周囲はサウジなどが制海権、制空権を握っているために、ホーシー派支配地域では物資の外部からの供給が思う任せないはずなのです。特に武器・弾薬がどのように補給されているのかは謎です(実は、サウジとの国境は延々と砂漠が続いているのでこの砂漠から武器が密輸されている可能性はあります)。また、ホーシー派の軍事力の主力は「民兵」であり正式な空軍・海軍も持っていません。しかし、ホーシー派が政府側と比べて格段に優れているのが「ドローン戦術」なのです。特に2019年以来、ホーシー派のドローン攻撃力は急速に進歩しています。
2019年1月に、今回と同じアナド基地で政府軍の軍事パレードが行われており、それがテレビ中継されているときに突然ドローンが飛来して爆弾を落とし、三名の将官が死亡するというショッキングな事件が起こりました。アナド基地は、両勢力の境界線からかなり離れているのにもかかわらず、正確に標的を攻撃することに成功したのです。それまでホーシー派は、比較的命中精度の低いロケット砲しか使用していなかったので、このドローン攻撃は政府軍に大きな衝撃を与えました。
そして、その年の9月には遠く離れたサウジアラビアの東海岸のアブカイク油田がドローンと巡航ミサイルによって攻撃され、石油施設が炎上、一時的にサウジの原油生産が半減するという事件が起きたのです。ホーシー派が犯行声明を出しましたが、サウジはこれをイランの仕業と断定しています。サウジの軍事力とホーシー派の装備は、その資金力で見れば月とスッポンです。そもそも、ホーシー派は国際社会に認められた「国家」でさえないのです。それでも、安価なドローン技術の活用で、世界有数の富裕国の石油施設に一定程度のダメージを与えることが可能になっているのです。これが、ドローンが「貧者の武器」と呼ばれる所以です。
いずれにせよ、2015年3月から数えてもう6年半がたとうとするこの内戦。軍事的な決着がつかないことは明らかなのです。少なくとも、政府軍が山岳地を奪回することはほぼ不可能でしょう。であれば、こんな無益な戦争はさっさとやめて社会生活・経済活動を再開することにエネルギーを使うべきでしょう。そのために必要なこと。それは国外からの余計なおせっかいをすべてやめることです。
20年アメリカがおせっかいを焼いたアフガニスタンで今起きていること・・・。イエメンにとっては「他山の石」とすべきことだと思います。
【イエメンはどこに行く・16 2021/9/1】
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