三大仇討ち(あだうち)

文楽・伊賀越え道中双六

新型コロナ感染症の影響で、興行物は軒並み中止・延期が繰り返されていますが、国立劇場はこのところコンスタントに伝統芸能を上演しています。そして、比較的空いている(後ろ半分はガラガラ)ので感染リスクは最小化できています。その国立劇場小劇場で文楽(人形浄瑠璃)を見る機会がありました。演目は伊賀越道中双六(いがごえどうちゅうすごろく)。原作は近松半二、天明3(1783)年大阪竹本座初演の「仇討ち物」です。

(128) 国立劇場令和3年9月文楽公演第三部『伊賀越道中双六』予告編 – YouTube

仇討ち物というのは、江戸時代から明治大正を通じて庶民の人気が高い演目でした。「親の仇」「主君の仇」を討つということの「考と忠」の倫理観、その敵を見つけるまでの「艱難辛苦」、そしてめでたく目的を果たす「勧善懲悪」が、庶民の留飲を下げさせるのでしょう。なんでも歌舞伎・文楽(歌舞伎は人間が演じ、文楽は人形が演じますが基本的には同じストーリーが双方で演じられます)の世界には「三大仇討」というのがあるそうで、本作はその一つだそうです。

たいてい、歌舞伎・文楽のストーリー(=狂言)にはもとになる史実があるもので、この「伊賀越え道中双六」の元ネタは寛永11(1634)年、伊賀上野(三重県伊賀市)「鍵屋の辻の敵討ち」だそうです。残りの二つは忠臣蔵「赤穂浪士の討ち入り」(史実は元禄15(1702)年12月14日)と、「曾我兄弟の仇討ち(そがきょうだいのあだうち)」ですが、これはなんと鎌倉時代の建久4(1193)年の出来事だというのですから、800年前のネタをいまだに演じていることになります。伊賀越えと曽我兄弟は親の仇、忠臣蔵は主君の仇です。

あっぱれ成敗(せいばい)

日本の伝統芸能を外国人に見せる時には、衣装や所作、鳴り物(背景音楽)、三味線、浄瑠璃(謡い)、人形などの技巧や丁寧さはすぐに理解してもらいやすいのですが、ストーリーが時々難解です。これは、何も外国人に限った事ではなく、現代人にとっても「意味不明」ということがままあります。

女性がステレオタイプで描かれるというジェンダー問題はさておいても、切腹をはじめとする命の扱われ方の「軽さ」が気になる人は多いと思います。恩ある人の「身代わり」で死んでしまったり、あえて刀に掛かって義理を果たしたり、まあ一応理屈はあるのですが、今日的な常識ではどうも納得がいかないことも多いものです。

仇討ち物では、最後にあっぱれ仇を討ってめでたしとなるのですが、忠臣蔵のように敵役(吉良上野介・きらこうづけのすけ)が悪人として描かれていれば、観客として感情移入できるかもしれませんが、伊賀越えの方は主人公・和田志津馬(史実では渡辺数馬=江戸の芝居では実名は避けて似たような別名を当てるのが常識でした。なので大石内蔵助が大星由良助になるわけです)の父を殺した敵は澤井政五郎なのですが、劇中「沼津の段」では政五郎の味方の呉服屋十兵衛という人が出てきます。そして、この十兵衛と幼いころに生き別れになった妹が実は志津馬の妻で、兄妹が敵味方だということがわかる、というようなシーンもあり、敵役も一方的な悪人としては描かれていません。

そして、ラスト「伊賀上野敵(かたき)討ちの段」では、志津馬の義兄である唐木政右衛門(史実は荒木又右エ門・この人は伝説の剣豪として有名です)の助太刀を得て見事仇討ちを果たすのですが、そこで志津馬が「親の仇」ととどめの一太刀を打ち込んでひっくり返った股五郎(もう絶命確実)に、政右衛門も「舅の仇」と切りつけ、さらに家来も「主人の仇」と切りつけるのです。このシーンを見て「ありゃま、かわいそう」と思わず思ってしまいました。

GHQの恐れ

第二次世界大戦後、アメリカ軍を中心とする占領軍がやって来て連合軍総司令部(GHQ)が日本を占領下に置いた時に、戦前の皇国史観の教科書を黒塗りさせたことは有名ですが、同時に歌舞伎・文楽の上演にあたって「忠臣蔵」を禁止したのです。なぜか。敵討ちが怖かったからですね。

占領軍が1945年8月に初上陸した時も、彼らは日本人が神風突撃をしてくるのではないかとびくびくしていたそうです。忠臣蔵は、主君を殺された家臣たちが敵方の隆盛をじっと耐え忍んで、最後に敵討ちをするわけですから、戦争に勝って占領を開始した米国軍人は、自分たちの目の前で従順にしている日本人も実はチャンスがあれば敵討ちしようと思っているのではないか、と疑るのは当然ですね。そこで、日本人が「仇討ち」なんて考えないように、上演禁止にしたのです。

1952年に占領が終わると、すぐに忠臣蔵の上演が再開され、また忠臣蔵を題材にした映画も次々と作られたそうです。ただし「仇討ち」に対する庶民の感覚は徐々に変化していき、今では忠臣蔵の討ち入りを「ただのいじめ返しじゃない?」と思う人もいるかもしれません。

【2021/9/15 伝統芸能 日本の経験】

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