【ブライトン特急・47】《Vandalism》

         イギリス英語には「公共物破損」を一言で表す言葉(Vandalism)が存在するという事実は、私にとっては大変興味深いものです。日本でも「器物破損」は処罰の対象ですが、私物であるか公共物であるかに関わらずこの言葉は用いられますね。しかし、バンダリズムは辞書を引くと「芸術品・公共物・自然景観などの心なき破壊(汚損)者」と、対象が私物以外のものに限定されているのです。そもそもは、4-5世紀にガリア、ローマなどを略奪したゲルマン民族系のバンダル人が原義のようです。この意味では中華思想における「南蛮人の行動」を意味する「蛮行」が一番近い日本語かもしれません。

         バンダリズムは、反社会的行為 (anti social behavior)の一部ですが、公共物をターゲットにする場合は、落書きや町なかのケンカよりも、多少政治的な主張が背景にある可能性が高くなります。2010年秋に支出削減による学費値上に対して抗議する、学生・教員のデモがありました。ロンドンでも近年まれな動員数のデモだったのですが、基本的にはよく組織された平和的な示威行動でした。しかし夕方になって一部の学生たちは保守党の本部があるミルバンク・タワーを取り囲み、ロビーのガラスを蹴破って乱入するという騒ぎになりました。

         当日私は、物見遊山気分でデモ隊の写真などを撮っていました。デモ行進はトラファルガー広場方面から国会議事堂をめがけて練り歩くのが一般的で(途中に首相官邸(ダウニング街10番地)もあります)、その行進が抜けて行って解散する先にミルバンクがあります。私も行進についてミルバンク・タワーの前を通りかかりましたが、まだ事件の起こる前で学生たちがたくさんたむろしていましたが、殺気だった様子があったわけではありません。おそらくは夕方になってハプニングで始まり、周囲がはやし立てる中で過激化していったのでしょう。

         やはり支出削減反対を主張する別の日のデモ(2011年3月26日・25万人が行進)では、ほとんどの人々は平和的に行進したものの、一部の人は目抜き通りオックスフォードストリートの高級ホテルであるリッツ、高級デパートであるフォートナム・アンド・メイソンなどをターゲットに投石したり、乱入したりしました(これは計画的だったと考えられています)。このときは、通りかかったチャールズ皇太子とカミラ夫人の乗る車に暴行が加えられそうになるという警備の失態もあり、報道はこうしたバンダリズムを非難し、CCTVカメラの映像を流して犯人を特定しようとしていました。

        一般国民も基本的に支出削減による被害者には同情的ですが、バンダリズムに及ぶと一気に同情が低下します。紳士淑女の「やってはいけないこと」だからでしょう。しかしそうであるからこそ、自分たちは「紳士淑女」階級にはなれない、と思う人たちは余計にこうした蛮行に出て、日頃のフラストレーションを発散しているのかもしれません。その典型がフーリガン(hooliganism)ですね。この言葉も「(公共の場で暴れる)チンピラ」という意味ですが、多くの場合はサッカーの試合観戦をきっかけに暴行に及ぶ人たちを指します。こうした特別な意味で使われるのは、それがしばしば発生する事態だからです。

         こうしてみると、人々は「公共性」を巡って象徴的なポリティクスを展開しているのかもしれません。個人の家や財産を攻撃すれば即座に警察沙汰ですし、被害者は真剣に対応策、予防策を講じます。しかし公共空間は、ある意味では「誰も直接には被害を受けない」場でもあるのです。それ故に、上流階級・資産家たちはバンダリズムに眉をひそめはしますが、自分たちの財産に被害を受けないための「緩衝地帯」として機能しているのならそれも無意味ではない、と考えているのかもしれません。

         階級社会の潜在的な不満のガス抜きとしてバンダリズムがあり、これによって階級社会の秩序が保たれているという見方も可能でしょう。だからイギリスの都市には公園をはじめとする公共空間が多いのだ、というのは少しうがちすぎた見方かもしれませんが。
【2011/7/6】

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