【ブライトン特急・19】《Theatre》
英語研修の成果をあげるための私の目標の一つに「一年間で100のセミナーに出ること」があります。一口でセミナー(seminar)といっても大学などで行われる講演会、学会、研究報告会など様々ですが、とにかく特定のテーマで英語で行われる講演をなるべくたくさん聞いてみようということです。ついでに週末用には「一年間で33の観劇をすること」という目標も立てています。残り一ヶ月と少々となった現段階でセミナー参加は81回、観劇は28回なので、最後の一ヶ月のがんばり次第では目標達成できるでしょう(これ、あくまでも仕事の一環ですからね)。
さて、セミナー参加と観劇に通い始めて最初に気づいたのはシアター(Theatre)という言葉の意味でした。もちろんシアターには「劇場」という意味があります。有名なミュージカル『オペラ座の怪人』が上演されるのはHer Majesty’s Theatre。『レミゼラブル』はQueen’s Theatre、アガサクリスティー原作で50年以上のロングランを誇るミステリー劇『ねずみ取り』は、St. Martin’s Theatre。他方、ロンドン大学などで行われる公開講座の会場は、Old Theatre, New Theatre, Hong Kong Theatreなど、やはりシアターという名前がついています。この場合は「講堂」ですね。ついでながら、病院の手術室も実はシアターと呼ばれることがあります。
「劇場」「講堂」「手術室」、これらがいずれもシアターなのはなぜでしょうか。それは、そこで行われるものがすべて「見世物」だからです。ミュージカル、バレー、オペラ、演劇はいずれも、お金を取って人を集め、楽しませることで成り立っているビジネスです。講演会・セミナーは無料のことも多いですが、人を集めて話を聞かせ、知識や刺激を与えることが目的です。外科手術は元々医学生や一般市民を集めて見学させることで近代医学の普及を目指していました。
ですから、いずれの場合も「客が満足する」ことが大切なのです。これは私にとってはかなりうれしい発見でした。というのも、私は常日頃「研究会は知的エンターテイメント」というモットーを掲げていて、日本でセミナーや研究会をするときには、聴衆を楽しませることに価値をおいているからです。そして確かにこちらでの公開セミナーでは、講演者のレベル、コメンテーターのレベルそして司会の仕切り方などで、非常に質が高く聴衆の満足度の高いものがあります。
もちろん、時には講演者が自分の本の宣伝ばかりしていたり、タイトルと内容がそぐわなかったりということもありますが、感心するのは絶対に時間超過しないということです。日本では講演会などでは10分20分くらい平気で時間超過する講演者や司会者がいますが、こちらでは通常一時間半の中で講演一時間、質疑30分で収まります。終了が予定時刻から5分以上超過することはありません。これは、リピーターを確保するためには非常に重要なサービスだと思います。劇場でも同じですね。観劇のあとに食事をしようとレストランを予約しているのに、予定時刻を過ぎてしまったら興ざめですから。
先日、ロイヤル・オペラ劇場に行ったのですが、チケットに「座席はAmphitheater」と書いてありました。劇場によって呼び方は少しずつ異なりますが、普通は舞台と同じレベルのStalls席、二階席Dress Circle(この正面が特等席のようで、かつては盛装して観劇したのでこの名称になったようです)があり、大きい劇場になるとさらに三階upper circle, 天井桟敷 upper galleryなどという席があります。アンピシアターという言葉を聞いたのは初めてだったので、どこだかわからず係員に聞くと「エレベーターで上がれ」とのこと。階段で上がるには高すぎるのです。
席は急傾斜の階段席で、遙か向こうに舞台、谷底にはオーケストラが見えますが、1階の客席は見えません。1階の座席の上に2階席、3階席、4階席がオーバーハングしているからです。辞書を引くと、「階段式座席のある大講堂、集会場、外科手術見学室」と書いてありました。こうした階段状の座席はひとりでも多くの人が見られるように建物を工夫した結果生まれたのでしょう。高所恐怖症の人は座れないかもしれません。
ところで、観劇の楽しみは幕間にもあります。それぞれのシアターには由緒正しそうなパブやバーが複数あって人々は休憩(interval)の間にお酒を飲んだり、軽食を取ったりします。ロイヤル・オペラ劇場にもこうしたバーが二つあり、上のアンピシアター・バーからはバルコニーに抜けられます。このバルコニーはロンドンの名所の一つコベントガーデンに面していて、幕間にここでワインを片手にロンドンの夕暮れ時(午後9時でした)を眺めるのはなかなか乙な経験でした。本来ならドレスアップして淑女とともに、キャビアでもつまみながら眺めたいところですが、何しろこちらは英語研修の身。平服で一人寂しく柿の種をつまみました。【2011/6/8】
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