【ブライトン特急・18】《Street Cleaner》

        ロンドンは、観光客の町です。地下鉄に乗っていても、大きなキャリーバックをごろごろ転がした観光客がひっきりなしに乗り降りしているし、どんな裏通りに行っても観光客とおぼしき人たちが地図を片手にうろうろしています。私の住んでいるPimlico地域は、ビクトリア駅や長距離バス(Coach)ステーションにも近いので、なおさらこうした人々の姿が目立つのですが、観光客と同じくらい目につくのが道路掃除人(Street Cleaner)の姿です。

        イギリスでは道路掃除は自治体(Council)の仕事ですが、この仕事を民間業者に委託することも珍しくありません。ロンドン首都圏内には金融街を含むオリジナルのロンドン市(City of London)と32の自治体(特別区boroughとも呼ばれます)がありますが、ピムリコを含むウェストミンスター特別区は管轄地域内にバッキンガム宮殿や国会、官庁街を含むため別格で、Cityを名乗っています。

         さて、このウェストミンスター特別区では、道路清掃からゴミ収集までをフランス系の環境コングロマリットであるベオリア社が一手に引き受けています。このため、ゴミ収集車には「City of Westminster」のロゴの下にVeoliaのロゴもついています。そして道路清掃人もベオリア社の社員です。この道路清掃人は、早朝から夜まで、実によく働いていますし、数も多いように見受けられます。

        ベオリアのロゴのついた手押し車に掃除用具一切を入れて押して歩き、大きなデッキブラシのようなものでゴミや枯れ葉を集めて回ります。そろいのユニホームに、やはり市と会社のロゴ入りの蛍光色のベスト(Reflection Jacket)を着ているので、非常に目立つのです。

         日本では、生活道路の掃除までは自治体はやりませんね。それは、住民の責任範囲と考えられているからでしょう。イギリスでも地方ではここまで丁寧に自治体が道路掃除をするとは思えません。しかしロンドンの真ん中では、アパートが多いので地域住民の連帯は希薄だし、観光客も多いから道にゴミを捨てる人も多く、それを放置しておくと治安の悪化につながる(いわゆる「割れガラス効果」) ことを懸念して、これだけ道路清掃にお金をかけているのだと思います。

         道路清掃人が多いもう一つの理由は失業対策でもあるように思います。ピムリコは比較的高級住宅街なので住民にはアフリカ系の人は少ないのですが、道路清掃人はほとんどがアフリカ系か中東系のように見えます。確かに特別な技能のいらない非熟練労働の典型ですし、それでも雇用されれば定期的に収入が入るので、移民には垂涎の働き口かもしれません。ただ、同じ清掃でも電気自動車の小型散水車を運転している人には白人系の人が見受けられます。建前はともかく、雇用に人種差別があるのは「当然」のお国柄だということを再認識させられます。

        さて、2010年の秋に、ローマ法王がイギリスを初めて公式訪問しました。イギリスが16世紀にローマ・カトリック教会システムから離脱して英国教会のシステムを作り始めて以来の「歴史的和解」で、法王はウェストミンスター寺院(Westminster Abbey・英国教会)やウェストミンスター・カテドラル(カトリック教)も訪問しました。その様子はイギリス全土で熱狂的に報道されたのですが、興味深かったのはその日の朝BBCニュースでした。曰く「本日未明、法王襲撃を計画した疑いでロンドン警察は道路清掃人三人を逮捕しました」。

        ニュースを受けて、この地域を管轄するウェストミンスター市の広報者が引っ張り出されましたが、請負会社ベオリアの社員だったことで市の責任は問われずに済みました。続報によればこの三人は、北アフリカ系の移民労働者で、前日夜から法皇の襲撃を計画し、早朝にベオリアの事務所にいるところを逮捕されたとのことでした。

        その後の報道はないので、事の真偽は明らかではありませんし、どの程度襲撃の計画が具体的だったのかもわかりません。単に冗談を言っていたのを聞きとがめられただけかもしれません。でもこの国ではロンドンでイベントや国家行事があるときには治安維持対策は大がかりなものになり、かなり予防拘禁も行われているようです。実は、道路掃除人よりもさらに目立つのは警察官です。この話はまた別の機会に。【2011/6/7】

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