ステークホルダー資本主義
新型コロちゃんが、衰えを見せずに居座っている昨今、すっかり、ウェビナーが当たり前になってしまいました。物理的移動が必要ないので、気軽にウェビナーを覗きに行くことができるのですが、一つのウェビナーに出るとその関連で別のウェビナーに関するお知らせが届くようになり、そこを覗きに行くとまた次のウェビナー情報が入ってくる・・という循環が出来上がり、気が付くとどのウェビナーに出ても、おなじみの登壇者が話している、という状態になりがちです。
ESG投資家
私自身は最近「SDGs」「ESG投資」「ビジネスと人権」関連のウェビナーを覗きに行く機会が増えています。
これまで私の中で投資家、というのは巨額の資金を動かし、社会的な発言力もそれに伴って増加していく、そうしたタイプの「バリバリやり手」のイメージでした。他方、たまに機関投資家という人が出てくると、その人が所属している組織が圧倒的なネームバリューを持っているけど、その人自身はどちらかというと「能吏」といった感じのスポークスマン的な発言をすることが普通だったように思います。
ところが、最近出てくる「投資家」の中には自らを「ESG投資家」と名乗る人も出てきています。そして、それよりも多いのは企業家、投資家に向けて「ESG投資」の重要性を訴える人たちの姿です。
ESG投資とは、環境のE(Environment)、社会のS(Social)、透明性の高い企業統治のG(Governance)の略ですね。これまでの投資家は、どの企業に投資するかを考える際には、企業の財務諸表という共通言語化したデータの塊を分析し、その内容によって「どれだけの金銭的リターンが得られそうか」を判断してきたのです。これに対してESG投資では、財務諸表以外の情報、すなわちその企業がどれだけ環境に対する負の影響軽減と正のインパクトを増やすことに取り組んでいるか(E)、自らが関わるサプライチェーン上に人権侵害や児童労働、奴隷労働が発生しないように配慮しているか、もしも人権侵害などが発見されたら素早く適切に対処しているか(S)、こうした一連の判断と施策をどれだけ公平・公正に透明性をもって行っているか(G)を、投資判断に組み入れるとされています。
「企業は株主のもの」言説のかげり
ほんの数年前までは、株式会社は誰のものか、という問いに対して即座に「株主のもの」という答えが返ってきていました。それが、資本主義というものの本質だ、という言い方も説得力をもって語られていたものです。
もちろん、企業は「社会の公器」である、という言い方もしばしば聞かれましたが、それは理念的な次元で語られることが多く、具体的な施策、戦略判断にあたっては、まず株主の利益が最優先されることが当然視されることが多かったと思います。
過去数十年、株主と同様に「投資家」という種類の人たちの存在感もめきめきと大きくなっていました。投資家は企業にお金をつぎ込む(株式を買い取る)のであるから、仮に一瞬でも株式を保有している期間に限っては企業は彼らのものである、という理屈です。
他方で「企業はお客様のために」という言い方も、マーケティングの世界では当然のように語られていました。「お客様は神様です」というセリフも、この変形ですね。お客様がいて初めて、エンターテイメントは成り立つのだから、エンターテイメントはまず何よりも客の満足を満たすことを考えよ、という哲学。
それ以外にも株式公開をしていない中小企業などの場合は、「会社はオーナーのもの」という考え方も通用したでしょうし、さらにそれが心の広いオーナーであれば「会社は従業員のもの」というスタンスを唱える人も少なくなかったと思います。
ステークホルダーの増殖
このように、企業活動の周りには「株主」「投資家」「顧客」「従業員」など多様なアクターが存在しているわけですが、最近、企業はこうした様々なステークホルダーのためにあるのだ、と主張する「ステークホルダー資本主義」という言い方を聞くようになりました。
もちろん、これまでも資本主義を批判する人、その中でも市場資本主義を批判する人、グローバル企業を批判する人、さらにはグローバリゼーション自体を批判する人は数多くいて、そうした人たちが「株主資本主義が諸悪の根源」、というロジックを使うこともしばしばありました。その意味では「企業は株主だけのためのものではない」という主張は新しくはありません。
しかし最近私が聴講するウェビナーでは、金融機関の人自身が「これからはマルチステークホルダー資本主義の時代だ」という発言をする場面に遭遇するようになってきたのです。
この場合、株主、自社の従業員、商品やサービスの顧客だけでなく、下請け企業で働いている人もステークホルダーだし、原材料を栽培(例えばコーヒーやコットン)・採取(例えば魚や鉱物)する人も、自社のステークホルダーです。さらには、農園や鉱山周辺に住んでいる人(頻繁に登場するのは虐げられている少数民族の人たち)、農産品を農家から買い取って市場や工場に売る仲買人だって、ステークホルダーです。
そして商品を買ってくれるお客さんさんはもちろんステークホルダーですが、「この企業の商品は、児童労働を使っているから買うべきでない」とボイコット・キャンペーンを張る人も、やはりステークホルダーということになります。ここまでステークホルダーが増殖してしまって大丈夫なのか?
と、誰でも思いますよね。答えは、まだ誰にもわかりません。でも、SDGsの時代、どうやら資本主義の本流は少しずつ流れを変えているようなのです。この「マルチステークホルダー資本主義」が新たな本流になるかどうかをはわかりません。しかし、開発社会学の視点から見ると、このコンセプトは、かなり興味深いものなので、しばらくこの流れに注目し続けたいと思っています。
【開発とビジネス 2021/8/4】
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