アマルティア・センのケイパビリティ

ケイパビリティは潜在能力じゃない

ノーベル経済学賞受賞者であるアマルティア・センが提示した概念の中には、国際開発・開発援助に携わる者にとっては「基本アイテム」的なものが多くあります。ケイパビリティ(capabilty)はその中でも代表的な概念です。ただのキャパシティ(能力・才能)でもないし、アビリティ(力量・才能)でもないらしい、ということはなんとなくわかっても、センがこの言葉をどのような意味で使っているのかなかなかつかみにくいように思っていました。

ソリダリダード・ジャパン主催の「連帯経済勉強会」の第六回に、ゲスト講師として東大東洋文化研究所の池本幸生さんを迎えて「連帯経済とソーシャルビジネス」というお話をしていただきました。その中で、池本さんからセンの「ケイパビリティ」の概念の説明があったのですが、とっても簡単明瞭ですっきり、腑に落ちました。

「善き社会」であるかどうかを、何で測るかという問いに対して、池本さんは効用(幸せ)の総和で測ることはできない、と言います(旧来の厚生経済学の限界)。さらに、幸せは個人によって違うので総和で測れない以上、個々の個人がそれぞれに良いと思っている状態をパレート最適とみなす、というのが新厚生経済学だが、それにも限界があると主張します。この立場では、個々人の初期条件の格差(不平等)が不問に付されてしまうからです。

では、「善き社会」であるかどうかを何で測ればよいのか。センはこの問いに対し、個々人が「何をできるか」で測るべきと主張した、というが池本さんの解説です。ちなみに池本さんは総ページ数666ページに及ぶセンの『正義のアイデア』(明石書店・2011)を訳した人です。

人々の暮らしを「所得」で測ることが不合理な理由として「所得は何かをするための手段」であり、同じ所得を得ていても、人によってその所得でできることは違う。大切なのは「何かをすること」=ケイパビリティであって、結果としての「効用」ではない、というのです。つまり、その人が「何ができるか」がケイパビリティだ、ということです。単純明快。

ちなみに、センの訳書・解説書はいろいろありアジ研の先輩(池本さんもその一人です)、同僚、後輩も貢献しています。ただ、初期にケイパビリティ・アプローチを日本に紹介した一橋大学の鈴村興太郎さん(『アマルティア・セン 経済学と倫理学』実教出版・2001)がこれを「潜在能力」と訳したのが、混乱の元だったのではないか、と池本さんは見ているようです。

「現に今、やろうと思ったらできること」がケイパビリティであって、「今はできないけど潜在的にはできるかもしれないこと(将来的な可能性)」とは全く別、という理解です。なるほど。

この解説が、とっても明快だったのでついでに池本さんに「じゃあ、エンタイトルメントは?」と解説をお願いしてみました。センの鍵概念の中でも「エンタイトルメント」は、とってもわかりにくいと思うからです。でも「センはあんまり、エンタイトルメントという概念にこだわってないのじゃないかなあ。でも、少し考えてみますね」と、はぐらかされてしまいました。そのうち、明快な解説がなされることを期待して待ってましょう。

【2021/9/25】

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