【ブライトン特急・50】《Debit Card》
この国のカード・ワールド化はますます加速しているように思います。すべてのショッピング、チケット予約、公共料金支払いなどにおいて、カードでの決済が強く推奨されているのです。自動販売機などではcard onlyというものも少なくありません。
それも、日本ではクレジットカードが主流ですが、こちらは銀行口座直接決済カード(Debit Card)が完全に主流です。日本ではカード会社への手数料は売り手が負担しますが、こちらでは買い手が負担させられるので、クレドット・カード決済では割高になりますが、デビット・カードなら手数料はかかりません。デパート、スーパーでの支払いはもちろん、鉄道のチケット、地下鉄のチケット、ロンドン貸し自転車の決済まで、何でもデビット・カードがあれば済んでしまいます。
ここまでカード・ワールドが増殖しているのは、現在のイギリスの主要産業が「金融業」であり、自分たちを中心においた金融システムの策定を戦略的に狙っているからでしょう。常にこの国はその時々の自分たちの比較優位を最大限活用して「世界を支配すること」を視野に入れています。
ところで、デビット・カードを作るためにはイギリスの銀行で口座を作ることが前提になっています(日本で作ったデビッド・カードも使えますが引き落としの時に為替計算が必要になり、面倒です)。逆に言えば、この国では銀行口座がないと普通の社会生活を送れません。しかし、ここで銀行口座を作るにはイギリスの住所が必要です。そして家を借りるためには銀行口座が必要だったりします。
銀行口座を作るためには「住所を証明できるもの」の提示を求められます。日本のような住民票はないので、住居確認は通常「当人の名前で届いた公共機関からの郵便物」で行うのですが、赴任当初は、まだ家が決まっていないのでそんなものはありません。家が定まるまではお手上げです。私は日本から持ってきた手持ちの現金で食いつなぐことは出来ましたが、途上国から親戚を頼ってきたような人は、このカード・ワールドに参入することがそもそも困難なのです。
カード・ワールドの普及に伴い、支払い時間短縮のためにカードの真偽を確かめる方法も簡略化されていきます。日本ではレジでカードと同じサインをしますが、こちらでは四桁の暗証番号(PIN: Personal Identification Number)を打ち込むだけです。レストランでもテーブルでの支払いが一般的ですから、カードで払う時にはウェイターが無線端末を持ってきます。ウェイターが勘定書の金額を打ち込み、客はinsert your cardの指示に従って機械にカードを差し込み、enter your PINの指示に従って打ち込み、remove your cardで引き抜くと、引き落とし計算書が打ち出されてくるという流れです。
この方法ではカードを盗まれ、暗証番号を知られてしまったら、いくらでも使われてしまいます。実際、カード盗難に伴う詐欺(fraud)の被害は甚大です。このためカード会社もカードの使用状況をモニターしていて、少しでも不審な動きがあるとカードを無効にしてしまいます。私は、自分自身で使っていたにもかかわらず、1日にあまりに多くのトランスアクションがあるという理由で二度ほど止められたことがあり、現金を持っていなければ立ち往生するところでした。
このPIN入力による方法でも支払い口(till)での所要時間は現金支払いに比べると時間はかかりますが、レジ係の釣り銭間違いなどのリスクを考えると売る方としては面倒が少ないのでしょう。ただ、ミュージカルの幕間にバーで長蛇の列になっているときでも、いちいちこのカード端末で決済しているのは、ちょっとおしゃれでないようにも見えますが。
ところで、学会の参加登録、ミュージカルのチケット予約などもカードが基本なので、詐欺防止のためにいろいろな確認を求められます。まず不可欠なのは郵便番号(Post code)です。こちらの郵便番号はアルファベットと数字の組み合わせで、私の家はSW1P4AFですが、最初のSW1でロンドンの南西部であることがわかります。そして残りの数字と文字でストリートのレベルまで特定されます。このため、インターネットでは最初にハウスナンバーだけを入力(私の場合は10)し、郵便番号を入れると候補となる住居がプルダウンで出てきます。つまり、私の住む通りの「ハウスナンバー10」の家が全部網羅されているわけです。ここまで把握されているかと思うと、ちょっと気持ち悪いですね。
そして、カードの有効期間とシークレットコードを聞かれます。シークレットコードはカードの裏側に記入されている三桁の数字ですが、これとて一度知られてしまえばおしまいです。銀行によっては、決済の最終段階で銀行の認証サイトに飛び、あらかじめ登録しておいたパスワードを入力しないと完了しないという対応策をとっているところもありますが、これだけ何重にもセキュリティをかけると、当の本人がいくつものパスワードを覚えておかなければならず、利便性は低下します。
ところで、インターネットでパスワードなどの記入の時にcase sensitiveという注意書きが出ることがあります。これは「大文字小文字は別の文字として認識します」という意味です。日本だと全角半角の区別みたいなものですね。
さてこのカード・ワールド、いったいどこまで進むのでしょう。Suicaのような電子マネーは日本の方が先行していましたが、Oyster cardに電子マネー機能がつくのは時間の問題でしょう。このようなプリペイド・カードは入金してある金額以上に引き落とされることはありませんが、銀行口座に直結するデビット・カードは盗難のリスクに加えて、自分で使いすぎてカード破産に至る可能性もあります。とはいえ、支出の範囲内で使う限り、カードが1枚あれば国境を超え、通貨を超えて世界中で通用でき、現金を持ち歩く必要性がなくなります。
大銀行に銀行口座を持ち、定期収入が確保されている人にとっては、カード・ワールドが広がることは、世界がますます便利になることを意味します。しかし、銀行口座を持ちにくい人、定期収入が確保できない人は、世界中どこに行ってもカード・ワールドから排除されることになります。国ごとに通貨が異なり、別の国に行ったら心機一転新しいチャレンジが出来た世界の方が、多くの人に可能性が開かれていたという意味で、夢のある世界だったかもしれません。【2011/7/9】
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