【ブライトン特急・44】《Supermarket town》

         イギリスでは、スーパーマーケットのお世話にならずに生活することはほぼ不可能です。なにしろ日用品(grocery:食料品と日用雑貨品の総称)の全国における売り上げの8割はスーパーマーケットが上げているのです。日本ではこの数字はまだ5割程度だそうですから、いかにイギリスのスーパーの市場支配が進んでいるかがわかりますね。

         またこの数字は、個人商店がどんどん衰退してることの裏返しでもあります。日本でも郊外型大規模ショッピングセンターが出来ることで駅前商店街が「シャッター街」化することが問題になっていますが、こちらでも同様に本通り(High street)の衰退に危機感を抱く人々がスーパーマーケット批判を展開しています。

         代表的な批判派にジョアンナ(Joanna Blythman)がいます。彼女はベストセラーとなった著書『Shopped』で、スーパーチェーンの拡大によって、①昔ながらの良質な小売店、八百屋(Greengrocer)、肉屋(Butcher)、魚屋(fishmonger)、チーズ屋(cheese monger)などがなくなり、新鮮で健康的な食品が失われていく、②消費者はスーパーの売りたいものしか買えなくなる、ということを様々な実例を添えて指摘しています。 これ以外にも、③スーパーの店員は低賃金で搾取される、④イギリス国内の生鮮品の生産者はスーパーに納入するために自由を奪われる、⑤伝統的な食料品メーカーはスーパーのプライベートブランドにシェアを奪われる、⑥海外から安価な商品を仕入れるために途上国の生産者がいっそう搾取される、などの弊害も指摘していますが、こうした点はイギリスに限らず日本でも同様でしょう。

         ただ、スーパーの中でもテスコ、セインズベリー、アスダ、モリソンズなどの巨大チェーンは、資金力、商品調達力、宣伝力などの点で社会にとって破壊的な影響力を持っている点で日本とは様相が異なります。現在これら四大チェーンでグロサリー市場の四分の三を支配していると言われており、郊外型の大型店舗の他に、ハイストリートの既存のビルのテナントとして入る中型店舗、日本のコンビニ程度の小規模店舗などいろいろな形態で店舗数を増やしています。

        イギリスではこうしたスーパーが新たな地域に進出するときには自治体(Council)に出店計画を提出し、認可してもらわなければなりません。当然地元の商店街はカウンシルに対して反対意見を述べますし、住民の中でも意識の高い人はスーパーの弊害に関して発言しますので、カウンシル議会も今では無条件で認可することはありません。そこで、スーパーの側も知恵を絞ります。

        私の家の近くにセインズベリーの都市型巨大店舗があり、私もしばしば利用しますが、この店の出店を巡っては1995年に大きな騒動があったことをジョアンナの本で知りました。この店はビクトリア駅の裏手、高級住宅街Pimlicoをカバーする場所にあり、かつてロンドンバスの車庫があった非常に便利な場所に建っています。民営化に伴って売却されたこの車庫跡地にセインズベリーは出店を計画します。 しかしこの計画が発表されると地元の住民や商店街は大反対しました。

        そこでセインズベリーは地上階を店舗、地下を巨大駐車場にする代わりに上に集合住宅を併設し、そのうち半分は商業的に使い、残り半分をカウンシルの低所得者用住宅として利用するという「提案」を行います。カウンシルは、その業務として低所得市民に住宅を提供しなければなりませんが、都心ではこうした用途に使える物件が欠乏気味なのです。これは大きな人口を抱えるウェストミンスター・カウンシルにとってはおいしい提案でした。こうしてめでたくセインズベリーは出店に成功するのです。一度出店してしまえば、あとは周辺住民を顧客として取り込むのはお茶の子さいさいです。今では、この騒動があったことを覚えている人さえほとんどいないでしょう。

         ブライトンからサセックス大学に向かうバスルートであるルイス通りにセント・マーチンズ教会があり、道路の両側はちょっとした商店街になっています。その商店街の真ん中あたりに生協(Co-operative Group)のスーパー(売り上げは四大スーパーに次いで5位ですが、生協という経営形態から比較的消費者には信頼の高いチェーンです)があります。大学行きの2階建てバスの上から何気なく眺めていたとき、生協スーパーの隣にトタンの塀で囲まれた更地があって、その塀には「テスコの進出反対」と殴り書きがしてあり、ドクロマークも描かれていることに気づきました。それが一年ほど前のこと。

         それから半年ほどたった頃、更地の整備が始まり、落書きの塀も撤去されて新しいベニヤ板の塀になっていました。そして敷地の四隅に屈強な「警備員」が座っていました。カウンシルの許可が下りて、建設が始まったのでしょう。しかし、警備員を配置しなければならないところに、この問題の根の深さを感じます。

         住民がスーパーの出店に反対する理由の中には地元経済の疲弊ばかりでなく、「コミュニティーの崩壊」もあります。商店街で顔見知りの店主やご近所さんと雑談をすることで、コミュニティーの紐帯が保たれていたのに、スーパーのような「非場所(non-space)」では、人間らしい交流がない、というものです。しかし「お客様に奉仕する」巨大スーパーがこうした批判を黙って聞いているはずがありません。コミュニティー活動のために会議スペースを貸したり、コミュニティーイベントを企画したりするのはお手のもの。大型店舗では店舗の中に疑似商店街をしつらえて昔ながらの肉屋、魚屋、チーズ屋の雰囲気を作り、店員にもそれらしい服装をさせます。もっともジョアンナは「こうし店員はアルバイトで、何の商品知識も持ってない」と酷評していますが。

         極めつけは、コミュニティーをゼロから作ることです。テスコ(Tesco)は、都市近郊のベッドタウンに、駅とバスターミナル、カウンシルオフィス、公共施設、住宅、学校、病院までを自前で設置し、もちろんそのど真ん中にスーパーを作るという計画を打ち上げています。同様の計画を他のチェーン店も持っていて、これらはスーパーマーケット・タウン(Supermarket Town)計画と呼ばれています。

         すでに郊外の大型店舗ではガソリンスタンドも直営し、店の中でカウンシル業務を代行し、弁護士事務所まで備えている店舗もあるようです。こうなると、すべての生活がスーパーに行くだけで済んでしまいます。これを加速させるのが会員ポイントカード(loyalty card)で、そのチェーン店で買い物をするとわずかな割引やポイントがたまる仕組みです。

         ジョアンナは「自分の好みをスーパーに教えることになるのだから、そんなカードは捨ててしまおう」と呼びかけています。なるほど、スーパーの囲い込み戦略は巧妙です。そもそも客の「忠誠心(loyalty)」を獲得しようという発想が、日本人的には恐ろしいですね。私もこちらに来てセインズベリーの「ネクターカード」を作り、レジの度にこのカードを出していますが、一年間で5ポンド分の割引を得られただけでした。

         ところで、キリスト教徒の多いイギリスでは、もともと日曜日に働くというのは非道徳的なことなので、ハイストリートの個人商店はほとんど開いていません。ところが、チェーンストアはそんなことにお構いなしに営業できます。これではただでさえ傾き気味の個人商店がさらに不利になります。そこで、こちらでは「日曜日の大型店舗の営業は6時間以内」という規則があります。このため、普段は早朝から深夜まで営業しているスーパーも日曜日は「正午から6時まで」とか「10時から4時まで」というような変則的な営業時間を設定しています。

         初めのうちはこれで日曜日に買い物をしそびれたことが何度かありますが、考えてみれば「休みの日にはみんな休む」という発想も悪くないのかもしれません。あるいは、それくらいの歯止めを残しておかないと、すべてがスーパーマーケットの思いのままになってしまう、というイギリス人の本能的な恐怖がこの規制を支えているのかもしれません。【2011/7/3】

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