【ブライトン特急・29】《Due》

ロンドンでもブライトンでも、数人分のベンチと屋根があるような少し大きめのバス停には小さな電光掲示板がついていて、「○○番のバスはあと○○分で来ます」という表示が出ています。表示の数字が10,・・5,・・2,1と減っていって、最後に「まもなく到着(due)」となります。

         確かにこれは便利です。日本でもバスは時刻表通りにはなかなか運行できませんが、こちらにはそもそも時刻表が無いようなのです。バス停にも「日中は○○分おきに運行」というおおざっぱな表示しかないので、電光掲示板がないと目当てのバスが今行ったばかりなのか、もうすぐ来るのかの見当がつかないのです。

         とはいえ、これもあまり信用できません。たとえばサセックス大学からブライトンの町に出るときには、「25番路線 チャーチル広場行き あと5分」と書いてあるので待っていると、突然そのバスの表示がなくなったりします。逆に「あと25分」と書いてあるのであきらめて電車にしようと駅に歩き出したらバスが来たりします。

         ロンドン地下鉄のホームにもこの電光掲示は不可欠です。なぜなら地下鉄の駅にも日本で見るような「時刻表」はないからです。もちろん始発駅の出発スケジュールは決まっているのでしょうが、一度出てしまったら途中の駅でどんなことが起こるかわからないし、信号トラブルはしょっちゅうあるし、客が多くて乗り降りに時間がかかることもあるだろうし、日本のように各駅の到着時間を分単位であらかじめ明示してもその通りにならないことの方が多いのです。

         でも、考えてみれば5分や10分ずれたところで命に別状はないのです。守れない約束ははじめからしない方が誠実というものかもしれません。こういうところは明らかにイギリス人は「おおざっぱ」ですが、みんなそんなものだと思っているので文句を言う人はいません。

         地下鉄の改札口には各路線のシンボルカラーとともに全路線の運行状況を表示するパネルがあります。表示の種類は少々遅延(minor delay),大幅遅延(severe delay),運行停止中(suspended)、一部区間運休(part closure)、そして通常運行は(good service)です。日本人の感覚だと通常運行しているのならせいぜいnormal serviceだと思いますが、goodと言っちゃうのです。ポジティブな思考ですね。

        構内アナウンスでも運行状況を伝えていますが、たとえば「ビクトリア線運休中、ベーカールー線、ジュビリー線は大幅遅延中、ピカデリー線とサークル線とディストリクト線は少々遅延中」などというとんでもない時でも、それに続けて「その他の路線はすべてgood service」と言われると、苦笑いしたくなります。

         また、地下鉄も地上の鉄道も週末の運休がかなりの頻度であります。これを彼らは「計画運休」(planned closure)と呼んでいますが、これを知らずに週末に出かけようとするとひどい目に遭います。ある週末にサセックス大学で日本人学生とゼミをすることになり、ロンドンからいつものブライトン特急に乗りました。通常ビクトリア駅からブライトンまでは55分です。

         ところが、いつもと同じ列車なのに途中からいつもと違う線路を走り始めたのです。車内放送を聞くとどうやらブライトンとその一つ手前の駅との間が保線工事中なので迂回するとのこと。「あれあれ、30分くらいは余計にかかるかな」と覚悟しました。しかし、列車はどんどんブライトンから遠ざかる方向に走り続けます。どうやら一度ブライトンの遙か西の海岸線(Little Hampton)まで出て、そこから海岸線沿いを東に戻るつもりのようです。

         おまけにリトル・ハンプトンの駅は線路のどん詰まりなので、そこで運転手は列車の最後尾に移動し、進行方向を変えて再出発します。私はブライトンでの乗り換えが少しでも素早く出来るようにと一番前の車両に乗っていたのですが、一瞬で最後尾の車両になってしまいました。この大迂回のおかけで普段見ない景色を見ることは出来たのですが、結局普段の三倍の2時間半あまりかかってたどり着き、学生たちをすっかり待たせてしまいました。

         もちろん、彼らには晩ご飯をおごりましたが、サザン鉄道に補償してもらうわけにも行かず、泣き寝入りです。列車が時刻表通り動かないくらいでめくじらたてちゃいけないのです。むしろ、こうしたハプニングを、日本人の「過剰品質」「過剰サービス」が本当に必要なのかを振り返って見るきっかけとしてとらえるべきなのかしれません。【2011/6/18】

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