【ブライトン特急・22】《Way Out》
ロンドンで生活をしていると、初めのうちは地下鉄のお世話になることが多いのですが、地下鉄のホームに降りたら最初に探さなければならないのは出口(Way Out)の黄色いサインです。Exit のサインはありません。もちろん、最後に改札口を通って外に出るところにはExitと書いてある場合もありますが、そこに至る道筋はWay Outです。「退出経路」と訳すのが適切でしょう。
地下鉄ではホームと出口の位置関係は全く見えませんから経路に従って進むしかないのですが、明らかにかなり大回りをさせられることがあります。一つの駅で別のラインに乗り換えるときもそうです。なぜそうなるかというと、ロンドン地下鉄(London Underground)の構内通路はほとんど「一方通行(one way)」の原則によって統括されているからです。ですからホームから出る階段があっても進入禁止(no entry)となっている場合はそれがいくら近道であっても、入ってはいけないのです。
日本では駅のホームから改札口までの通路は対面通行で、行きも帰りも同じ経路を通ります。もちろん左側通行などの規制はありますが、乗るときと降りるときで違う経路を取ることはまずありません。その方が経路は一つ作ればいいのでスペースを有効活用出来るし、経済的だからです。逆に日本の地下鉄では少し大きめの駅では出口が二つ以上あります。これによって乗降客は自分の都合の良い出入り口を選べるとともに、人の流れを分散させることができます。
これに対してロンドン地下鉄の駅ではよほどのターミナル駅でない限り改札口は1カ所です。したがって、出る人と入る人の流れを分けておかないと大混雑になる恐れがあります。そこで、駅に入る人は入る人だけしか通れない経路を通ってホームにたどり着かせ、駅から出る人はWay Outの経路を通ってホームから改札口までたどり着かせることにしているのです。両方向の人がぶつからないためには地下の通路は二本掘らなければなりませんが、それが最も安全で効率的な方法と考えているようです。
これは、混雑という社会問題を人々のマナー(右側通行とか、譲り合いとか)ではなく、一方通行という「設計」で回避しようとする発想に基づいています。イギリスではこうした発想に基づく仕組みが多いように思います。これは大衆の自発的な判断は頼りにならない、ということが前提になっているのではないでしょうか。自動改札も日本のように双方から使える場合はほとんどなく、どちらか一方専用になっています。ホームが深く、構内にエレベーター(lift)がある場合もドアは両方についていて、降りる人と乗る人が交わらないようになっています。
地上に出ても同様で、ロンドンの道路は目抜き通り以外はほとんどが一方通行です。日本でも自動車がすれ違えない狭い道は一方通行が多いですが、ロンドンでは三車線以上あっても一方通行のことがあります。理由は二つ。一つは地下鉄の通路と同じで、対面通行は危険であり、事故回避をドライバーの判断に任せられないということ。
もう一つの理由は駐車スペースを確保するため。そうなのです。イギリスでは道路は駐車場でもあるのです。なぜなら、ガレージのある家はほとんどないからです。住宅地の住民は地域自治体(council)にお金を払って路上駐車の権利を買って、自分の家やアパートの前の路上に駐車するのですが、片側二車線しかない道で路上駐車をすれば、車は行き違えなくなります。だから、一方通行にせざるを得ないのです。
この「設計」によって流れを制御する発想は、多くの途上国の大都市にも適用されていますね。植民地政策の名残でしょうか。しかし、一方通行が機械的に採用されると、ほんの数ブロック先に行くのに、延々と遠回りする羽目になることがしばしばあります。
マナーより設計を重視するイギリスですが、これと全く逆の発想の仕組みもまだわずかに残っています。それは環状交差路(Roundabout)です。道が交わる交差点の真ん中に緑地や広場があり、その回りに環状に道路があります。信号はなく、先に中に入った車に優先通行権が与えられ、あとから入る人は車の流れが途切れるまで交差点の中に入ることは出来ません。これは、馬車の時代の設計で「先入れ先出し」(first in first out)というマナーをみんなが共有していないときわめて危険な仕組みですが、地方などに行くとまだ生き残っています。もちろん、ロータリー内は一方通行です。要領がわからないで、いつまでもぐるぐる中で回ってしまう人も時々いるようですが。
外国人の目立つロンドンの中でも、特に地下鉄は観光客や留学生や移民が多く利用するので、車内ではどんな時間帯でも5種類くらいの言葉が飛び交っています。このように外国人だらけの地下鉄で、特定のマナーをみんなに覚え込ませることはほぼ不可能でしょう。だとすれば、マナーに期待するのではなく「設計」で混雑を回避するのは当然。ある意味で「グローバル・シティ」の知恵といえるのかもしれません。【2011/6/11】
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