【ブライトン特急・20】《Understudy》

         ミュージカルと言えば、ニューヨークのブロードウェーが有名ですが、ここロンドンもそれに負けず劣らずミュージカルの上演数は多いのです。劇場が集積している界隈はいわゆる旧ロンドン(The City)の西側にあたるのでウエストエンドと呼ばれるのですが、このあたりに常時ミュージカルを上演している劇場は少なくとも20はあると思います。

         ミュージカルを上演するには、歌って踊れる俳優が必要なだけでなく、バックコーラスなどの人員も必要だし、さらにはオーケストラが必要です。オーケストラは普通舞台の手前や下に陣取っているので直接観客の目に触れることは少ないのですが、それぞれ数十人の楽団員がいます。

         そして、通常ミュージカルは日曜以外の毎晩、昼間興業(Matinee)も土曜日と他の週日に一回(曜日は劇場によって違います)、つまり週8回上演されます。人気が出れば何年でも興業が続きます。『オペラ座の怪人』は1986年からやっているのだそうで、25年ということになりますね。これを1日も休まず上演し続けるというのは大変なことです。もちろん何年も続けば途中で俳優の世代変わりもあるでしょう。若い俳優の中には「いつかあの役を自分がやりたい」と思って稽古に励む人もいるに違いありません。

         劇場でプログラムを買うと配役紹介が載っていて、それぞれの俳優がどこで教育を受けてこれまでどんな舞台を踏んできたかが書いてあります。イギリスの俳優には国立俳優学校などの公的な教育機関で学んだ人が多いようです。確かにこれだけ大量の俳優を育てるには組織的な仕組みが必要ですね。そして配役リスト(The Cast)の後ろの方に代役俳優(Understudies)のリストがついています。

         主役だって人間ですから、時には体調を崩して舞台に立てないことがあるわけですが、主役が病気で本日休演などというわけにはいきません。すでに事前チケットで買っている人がほとんどだし、ましてやロンドンでは世界中から観光客が忙しいスケジュールで見に来ているので、「別の日に来てください」というわけにもいきません。だから、主な役には必ず代役を用意しているのです。しかも、客から「金返せ」と言われないレベルの演技を出来る代役でなければなりません。これはそう簡単なことではありません。

         それが用意出来る、というところがロンドンの底力だと思います。東京では伝統芸能の歌舞伎でさえ、同時に2カ所(歌舞伎座と国立劇場)で上演するのがせいぜいです。つまり、それ以上の公演をするための役者がいないのです。これに対してロンドンのミュージカルは毎日20カ所でやっていて、それぞれに代役まで準備できているのです。日本の人口は1億2千万人、イギリスの人口は半分の6000万人。何が違うのでしょう。

         人材供給源、だと思います。日本の舞台芸術は日本人以外の人が支えることは困難です。言葉の問題しかり、楽器の問題しかり。しかもその日本人の間でも歌舞伎に興味を持つ人が少なくなっているので、ますます人材供給源は小さくなります。ところが、ミュージカルは世界的に人気が高く、英語で上演されるので世界中の旧イギリス植民地をはじめとして英語教育を受けた人材であれば誰にでも門戸は開かれています。

         その中から踊りや歌の上手な人がロンドンに集まってくるわけです。楽器もオーケストラで使う西洋楽器は、日本など西洋以外でも訓練する機会がありますね。この意味で人材はイギリス以外から無尽蔵に供給されます。さらに言えばニューヨークとロンドンでは同じ言葉を使い興業しているので人材の相互交流が容易で、二倍の「人材リソース」があるともいえます。

         他方、興業は観客あってのものですから、観客の側にも英語の受容力があることも重要です(もっとも、私を含めて日本人の観客は台詞をいちいち理解しているわけではありませんが)。単純に言えば、understudy の存在は「層の厚さ」を象徴しているわけですが、この背景には英語(English)という言語の持つ力と、西洋文化の覇権性があると言えるでしょう。

         これは、学問でも同様です。開発学という学問は主として途上国で起こる現象を対象としています。にもかかわらず開発研究は現場でなく、イギリスやアメリカに集積するのです。それは、英語で発表(上演)すれば、観客がいるからです。そして業界内での知名度も上がります。知名度が上がれば次の仕事(配役)が回ってきて、収入もふえるのです。これは、特に自分の国では活躍の機会(舞台)のない途上国の人材にとっては魅力的で、その国の最も優秀な才能(Best and Brightest)が、英語圏の中心に引き寄せられるのです。

         ミュージカルの場合は、「人気」という要素がこのメカニズムに加速度をつけているのは事実です。①たくさんの上演が行われているので、自分が役をつかむチャンスが多いように思える→②たくさんの優秀な俳優と俳優の卵が集まる→③たくさんの俳優がいるので複数のパフォーマンスが同時に出来る→④観客が集まるので興業的に成功しやすくなる→⑤上演する劇場が増える、となって再び①に戻る好循環ができあがっています。あんまり好きな言い方ではありませんが、市場メカニズムですね。日本では劇団四季ががんばっていますが、まだまだ裾野は十分に広がっているとは言えません。

         開発学に関して言えば、日本人の優秀な若者たちの間で途上国の貧困や不平等の問題解決に貢献したいと考えて、この分野に参入しようとする人は増えています。つまり、上の②からサイクルが始まっているのです。問題はこうした人々の活動をする「場」(劇場)が圧倒的に足りないということなのです。しかし「場」が国際機関や援助機関・国際NGOなどにしかなければ、これ以上彼らの活躍の場は増えません。つまり上演劇場は増える見込みがないのです。

         そこで私が考えているのは、援助機関以外の「劇場」を増やすことです。それも、興行的に成り立つような「場」です。それはビジネスです。ビジネスの世界に開発問題を取り込んでいくこと、ビジネスの論理が貧困削減や不平等の是正を織り込むようになることが出来れば、開発学を学ぶ多くの日本の有能な若者たち(understudies)に活躍の舞台が広がるのではないでしょうか。

        もし、日本のビジネス(製造業、金融・流通・小売り業、さらに農林漁業も)がこうした「開発劇場」の舞台になれば、日本人だけでなく多くの途上国からも優秀な人材を引き寄せることが出来るようになるのではないでしょうか・・・・。ちょっと話が飛躍しすぎたかもしれませんね。でも、この道筋を見つけることが私の今回のイギリス滞在の一つの目的でもあるのです。【2011/6/9】

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