【ブライトン特急・37】《Ladbrokes》

 ロンドンの町中でも地方都市でも駅の近くの繁華街(high street)には、ほぼ必ず赤い看板の「ラドブロークス(ladbrokes)」というこぎれいな店があります。私は初めのうちてっきり不動産屋さんのチェーン店かと思っていたのです。「Land Broker」と読み間違えていたし、ガラス窓には商品は何も置いてなくて、いろいろな紙が掲示されているだけだからです。ところがそうではありませんでした。これは「賭け屋」さんなのです。

         店内に入ると、サッカー、競馬など様々なスポーツイベントの取り組みが書かれていて、掛け率が手書きで掲示されています。客は、これらの情報を元にお金を賭けるわけです。それにしても、本当に町々にあるのをみると、イギリス人はよほど賭け事好きなのでしょうか。日本では、競艇・競輪・競馬などの公営ギャンブル以外は違法なので、野球トトカルチョをした相撲取りが逮捕されたりしましたが、イギリスでは賭け屋さんで賭ける限り合法的な賭博の機会は無限にあります。

         でも、考えてみれば日本の盛り場や駅前にあるパチンコ屋さんはイギリスにはないので、その代わりと思えば納得がいきます。そして朝から出入りしてる人の様子を見ると、失業者、年金生活者などどちらかというと「社会の中核」から少しはみ出た人が多いように思えます。こうした「射倖心」をあおるビジネスが社会の中に一定の地位を占めているもの、やはり階級社会のなせる技かもしれません。

         イギリスでは「ダービー」「アスコット」など年に一度決まった競馬場で開かれる競馬があり、これは上流階級の紳士淑女の社交場です。下層階級は、いつでも上流階級をまねしたいもので、彼ら用により日常的な賭け屋さんが生まれたのでしょう。大きなテレビ画面でサッカーなどの試合を見ながら盛り上がる「スポーツ・パプ」も、こうした「賭け文化」と相乗効果を持っているのでしょう。グレアム・グリーンの小説『ブライトン・ロック』は、ブライトンの町の裏世界を舞台にしていますが、そこには1930年代のフライトン競馬の賭け屋さんも登場します。どこの国でも賭博は裏社会の資金源なのです。

         しかし、今日のイギリスではどうやら賭け屋は、ladbrokesとWillam Hillの二大チェーンに集約されているようです。これは警察がコントロールしやすいように統合させたのか、裏世界も結局資金力のあるものが生き残るからなのか、調べてみないとわかりません。しかし、イギリス(とりあえずは私の見聞きしたイングランドに限った方が良いかもしれませんが)では、すべての業種で「ナショナル・チェーン」が隆盛なようです。

         スーパーマーケットはテスコ、セインズベリー、アスダ、ウェイトローズの四大チェーン、コーヒーショップはスターバックスとコスタとネロの三大チェーン、軽食カフェならEATとPret a Manger、という具合にどこの町でも同じ顔ぶれです。日本でもコンビニの全国チェーン化・画一化は進んでいますが、まだ地元のスーパーチェーンや昔ながらの喫茶店はがんばっています。また、パチンコ屋さんは全国チェーンというよりも地元に根付いた会社が多いようです。

        イギリスでチェーン化が進むのもまた、資本主義の摂理でしょうか。しかし、資本主義社会の主流から落ちこぼれかけている人たちが、資本主義市場原理で生き残った「賭け屋」チェーンの虜になっているのだとすると、これは相当悲惨な構図にも見えてきます。途上国の貧困層より、先進国の貧困層の方がより巧妙に搾取されている、ということなのでしょうか。【2011/6/26】

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