【ブライトン特急・16】《Queue》

         先進国であれ途上国であれ、外国に行って一番不安になるのは、初めてその国の行列(Queue)に並ばなければならないときではないでしょうか。何しろ、ルールがよくわからないままに並び、言葉も十分に理解できないと、この列であっているのだろうかとか、窓口までたどり着いてもきちんと対応してくれるだろうかなどと不安になるものです。

         郵便局や銀行で、機械から番号札を取らなくてはならないことに気づかずに待っているとあとから来た人が次から次へと番号札を取っていって抜かれてしまう、ということはよくありますね。もちろんイギリス人も順番待ちが好きじゃないし、そもそも窓口の人も順番待ちの列をさばくのは好きじゃありません。

         そこで、郵便局、銀行、スーパーのレジ、鉄道の切符売り場などにはコンピューター画面を相手に自分で処理できる窓口や自販機などがあります。自分のやりたいことがわかっていて、やり方を一度覚えれば行列待ちをしなくてもさっさと手紙の重さを量って必要な切手を買ったり、セルフレジでチェックアウトしたり、切符を買ったり出来ます。問題は「やり方がわかっていれば」です。

        全般にイギリスのシステムは初心者には不親切です。ご存じの方も多いでしょうがイギリスの列車の料金体系は片道(single)と往復(return)でほとんど料金が変わりません。たとえばロンドンのビクトリア駅からブライトンまで片道は22.8ポンドですが、往復は25.9ポンドです。これを知らないとわざわざ片道を2枚買ってしまったりすることになります。もちろん自販機(Quick Ticket)の画面には往復料金も出ますが、不慣れな人は気づかないかもしれません。

        また、午前9時半までは混雑時(peak hour)で、それ以降にロンドンを発着する場合は「オフピーク(off peak)割引」があります。ロンドン-ブライトンのオフピーク同日往復は23ポンドで、通常片道とほとんど変わりません。こんなことあらかじめ知っていなければ自販機では選べませんね。さらに、同じ路線でもインターネットで事前に特定の便を予約すると片道3.75ポンドで買えるときもあります(早割ですね)。これは自販機でしか受け取れず、予約時の番号を自分で入力しないといけません。早割は順調にいくときは快適で、とっても得した気分になりますがいつも順調にことが運ぶとは限りません。

        支払いの基本はカード決済ですが、機械によってはなぜかカードを読み取れないこともあり、また予約番号を入力するコンピューター画面の感度が悪くて正しく入力できないなどのトラブルはしょっちゅうで、別の機械に並び直す羽目になります。そんなことしているうちに列車が出発してしまえば元も子もありません。

         途上国からの旅行者は現金で払いたいことも多いと思いますが、自販機のほとんどはカードしか受け付けず、たまに現金も受け付ける機械があっても「おつりは出ません(no change given)」だったり、現金の投入口だけ故障中とかも頻繁に起こります。こうしたトラブルがあっても、近くに係員はいないので(クイックチケットを選んだ時点で、自己責任ということでしょうか)、慣れない人は画面の前でまごまごしてしまい、せっかくのQuick Ticket にも長蛇の列が出来るはめになります。

         そしてまた、故障中(out of order)の確率がかなり高いのです。日本では並んでいる自販機に二台も故障中があれば客はクレームするでしょうが、こちらでは一つおきに故障中ということもまれではありません。これは窓口も同じ。特に地下鉄の駅では4つくらい窓口があっても一つか二つしか係員がいなくて、あとの窓口にはカーテンが掛かり「閉鎖中」(position closed)の看板がぶら下がっていて、どんなに行列が長くなっても係員は慌てる風でもなく、また窓口を増やそうと努力する風もありません。 

        行列の流れをスムースにする、ということに人々は重きを置いていない、ということを象徴しているのは地下鉄などでしばしば行われる改札口減少です。地下鉄の運行が遅れたりすると、地下のホームに入場する客の数を制限するために改札口を一つか二つだけを残してほとんど閉鎖してしまいます。これが夕方のラッシュ時だとあっという間に駅の外まで行列が出来ることになります。

        日本ではこういう光景は大地震の後くらいしか見ることが出来ませんが、こちらでは日常です。だから人々も慣れたもの。こういうときはあきらめてパブにでも逃げ込んで時間をつぶすのです。そもそも列の最後尾に並ぶはめになった段階であきらめるべきなのでしょう。列はゆっくりでも進むのだからいずれは自分の番が来る、と思えばよい。Queueに並びながら、Quickに過度な価値を置く日本人の姿をしばし振り返るのも良いかもしれません。【2011/6/5】

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