【ブライトン特急・15】《Pay as you go》
携帯電話は、先進国に限らず途上国でもある程度以上の収入のある人なら今やほとんどの人が持っている現代世界の必需品になっています。特にアフリカの過去5年ほどの経済成長(少なくともマクロの成長率で見る限り)と生活の変化は、携帯電話抜きには語れないほどのインパクを持っています。
そして、この携帯電話の普及に最も大きな貢献をしたイノベーションは「プリペイド方式」です。固定電話時代は料金を回収しようとすれば家に行けば良かったのですが、携帯電話では本人を物理的に捕まえてお金を取ることが困難です。料金が回収できなければビジネスは成り立ちません。
1997年にイエメンで携帯電話事業が始まったとき、最初にこれを入手する特権を得たのは政府の役人と軍人でした。ところが、彼らは電気代も電話代も踏み倒すことに慣れていたので、おもしろがって使いまくった携帯電話料金も一向に払わなかったために、携帯電話会社はたまりかねてすべてのサービスを停止しました。私もせっかく手にしたばかりの携帯をサービス再開まで二ヶ月近く使えませんでした。これは、すべての途上国に共通の悩みだったのです。これをプリペイド方式は解決したのです。
プリペイド方式をイギリスではPay as you go(使う分だけ払う)と言います。なかなか面白い言い回しですね。こちらに着いて早々、携帯電話を買いに行きましたが、長期契約をしようとしても家が決まっていないので住所不定、住所がないので銀行口座が開けず、銀行口座がないとカードが作れず、カードがないと長期契約が出来ないという仕組みで、やむなくPay-as-you-goで契約したのですが、これが結構快適です。
イギリスにはそれほど知り合いもいないので、10ポンド(1300円)も入金しておけば国内電話だけなら2-3ヶ月は持ちます。また、海外通話も携帯ネットワーク会社間の競争が激しいので驚くほど通話料金が安いのです。イギリスから1分1ペンスという国も珍しくありません。また10£入金(top up)するたびに、60分の無料国際通話がついてくる、といったサービスもあります。こうなると長期契約しなくても何の問題もありません。トップアップは街角の雑貨屋(News Agents)でどこでもできます。
自宅で作業することも多い私ですが、パソコンからインターネットにアクセスするときも、固定回線(land line)なしでpay as you goのUSBタイプの機器(dongle)を使って簡単に接続できます。さすがにこれにはデビッドカード(Debit Card)が必要ですが。
最近では途上国でもプリペイド方式のSIM(subscriber idnetity module)カードが簡単に買えるようになっています。今年(2011年)1月にブルキナファソに行ったとき、道ばたでノキアの携帯とSIMカードを買いましたが、電話機にSIMカードを入れたとたんに通話が出来ました。この「ノキア」、売り子は「本物」と言っていましたが、2日で充電器が壊れ、一ヶ月で本体も充電できなくなりました。
私にとってはおもちゃのような価格だったのでたいした被害ではありませんが、なけなしのお金をはたいて現地の人がこれを買ったら一財産をつぶしてしまいます。携帯ビジネスの「偽物対策」はとても重要だと思いました。
さて、これに懲りて2月にバンクラデシュに行ったときは、ロンドンでiPhoneを買って持って行きました。バングラでSIMカードを入手して料金を入れるとちゃんと使えたのには、感動しました(もちろん、これが出来るためには携帯ネットワーク会社を選ばないSIMフリーの本体を買わなければなりませんが)。
逆の場合、つまり途上国の人々がロンドンに観光や仕事に来たときにもやはりプリペイド方式が便利です。なにしろ自国で使っていた携帯電話を持ってきて、イギリスのSIMカード(5ポンドで買えます)さえ買えば、あとはちびちびプリペイドで使えばいいのです。わざわざ高いお金を出して携帯本体を買う必要はありません。なので、ヒースロー空港の到着ロビー、手荷物が出てくるターンテーブルの向かいにもSIMカードの自動販売機があります。
また、持ってきた電話機がSIMフリーでなかったとしても心配はいりません。繁華街や大きな駅の近くには「携帯電話屋」があり、電話機のSIMロックを解除(unlock)するサービスを提供しています。普通の携帯ならものの数分でSIMフリーになり、料金も10ポンド程度です。
日本ではまだまだ各ネットワーク会社が顧客囲い込みのためにSIMフリーの普及には消極的ですね。イギリスのネットワーク会社ももちろん本来は顧客を囲い込みたいのですが、これだけ大量に途上国からの観光客や移民がやってくる以上、彼らを対象としたプリペイドビジネスを見逃すことは出来ないのです。
そもそもこれだけ途上国から人が来るのは大英帝国植民地時代の名残です。旧植民地である途上国では様々な通信方法、携帯会社が混在しており、そうした国から来た人たちにも対応できるためには、イギリス自体の携帯ネットワークも開放的なものにならざるを得ないのです。
つまり、植民地支配をしてしまった以上自分たちに固有のネットワークには固執できないということですね。日本の携帯システムが「ガラパゴス化」したのは、植民地をほんの短期間しか保有せず、日本にやってくる外国人が少ないままだったから、といううがった見方も出来るかもしれません。【2011/6/4】
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