【ブライトン特急・31】《Fair Trading》
「フェアトレード」も私の最近の研究テーマの一つですが、イギリスではフェアトレード専門店ばかりでなくスーパーなどにもフェアトレード・ラベルのついた商品が目につきます。ある日テレビを見ていたら、Office of Fair Trading の話をしていました。「さすがイギリス、フェアトレードの政府機関があるのか」と思ったのですが、どうやら違うようです。
話の内容は偽ブランド商品(counterfeit)、偽造品(forgery)摘発でした。つまり「消費者保護委員会」「公正取引委員会」ですね。日本語ではフェアトレードと消費者保護は全く違うイメージですが、英語ではほぼ同じ単語を使うのです。これは私には発見でした。つまりFair Tradingのフェアは「偽物でない」「消費者を騙さない」ということを意味しているのに対して、Fair Tradeのフェアでは「生産者を搾取しない」「生産者を騙さない」という側面が強調されます。どちらも「だまさない」という点で共通しているのです。
とはいえ、イギリスでも公正取引委員会と、フェアトレード・ラベルの発行元であるフェアトレード財団の活動内容は異なっています。公正取引委員会は政府の機関で、偽造品を摘発し違反者を処罰する権限があります。他方、フェアトレードの方は「途上国の生産者によりよい生活をもたらす」という倫理的な動機付けがあるだけで、「フェアでない」取引を処罰する権限はありません。
もちろん、消費者は「何を買うか」を決定する権限を持っているので「フェアトレード商品を買う」ことで自らの「途上国の貧困解決に貢献したい」という意思表示が出来ますし、逆に「フェアでない(=途上国の生産者、労働者を搾取している)」と思われる商品をボイコットすることが出来ます。これによって市場を通じて、間接的には企業に「制裁」を与えることになります。この点で「倫理的貿易」と同様の消費者運動なのです。
イギリスのフェアトレードでは、途上国産のコーヒー、チョコレート、バナナなどが代表的で、スーパーのコーヒー売り場の半分以上はフェアトレード・ラベルがついていますし、ブライトン特急の車内販売もスターバックスのフェアトレード・コーヒーです。チョコレートでは、キャドバリー社の「デイリーミルク」や、ネスレ社の「キットカット」など売れ筋ラインナップは全量「フェアトレードカカオ」を原料にしていることを売りにしています。また、大手スーパーのセインズベリー(Sainsbury’s)では、昨年からすべてのバナナがフェアトレード・ラベル付きになりました。
さらには、自治体(Council)がフェアトレード認証を受けることもあります。いわゆるフェアトレード・シティー宣言です。こうした自治体では公用に用いるコーヒー・紅茶などの調達をすべてフェアトレード商品にすること、地元の学校などでフェアトレード啓蒙教育を推進することなどを公言しています。全般にイギリス社会では、地域の教会などを通じて途上国製品のチャリティーバザーなどが行われてきた経緯もあり、途上国の貧困問題に対する関心の高さ、同情心の強さが基礎にあるのでしょう。これにはもちろん過去の植民地支配の歴史も影響していると思います。
フェアトレード財団のラベルは過去10年で急成長し、先進国市場におけるフェアトレードの認知度向上に大きく貢献してきました。しかし、批判も少なくありません。その最たるものが、「途上国の生産者を苦しめている元凶は資本主義市場メカニズムなのに、その市場メカニズムを利用して商品を売ることは、貧困問題の根本解決につながらない」というものです。
実際、粉ミルクの不適切な販売促進による乳児死亡で倫理的消費者からボイコットされた経験のあるネスレや、生産者に対する買いたたきを批判されたスターバックス、プランテーション労働者の搾取でしばしば批判される大手バナナメーカー(ドール、チキータ)などの商品に対してフェアトレード・ラベルを認めることには、古くからのフェアトレード業者から反対が多かったのです。取り扱い製品のほんの1%がフェアトレードだからと言って、残りの99パーセントがフェアでないのに「良い企業」を名乗るのは欺瞞である、というロジックです。
また、フェアトレードは市場価格よりも高い対価を生産者に支払うことが原則なので、どうしても小売価格は普通の商品よりも高くなりがちです。ところが、セインズベリーのバナナは、フェアトレードになる前と変わっていません。これは、大手スーパーマーケットはこうしたバナナを「目玉商品」として宣伝し、来店した客に他のモノを買ってもらえれば、バナナで利益が出なくても良いからかもしれません。しかし、そうだとすれば、普通の果物屋さんが高い価格でフェアトレードバナナを売っても誰も買ってくれないことになります。これは「フェア」でしょうか。
日本にはラベルのついていないフェアトレード・コーヒーも多いですが(そもそもフェアトレード・ラベルはFLOという民間団体が出しているプライベート認証ですから、これが唯一絶対なものではありません)、たいていパッケージには「このコーヒーは、○○国の××村の農民が作ったコーヒーで、このコーヒーの売り上げで、村の生活はこのように向上します」というような「物語」が書いてあり、消費者はこの物語に共鳴して、多少高くてもこれを買おうと思うのです。
ところがイギリスのスーパーなどで売っているフェアトレード・コーヒーは、表に目立つようにラベルが印刷してありますが、パッケージの裏に小さく「原産国:ラテンアメリカとアフリカ」と書いてあるだけです。それ以外には、何の物語も手がかりもありません。それでも消費者はラベルがついているのでこれを選ぶのでしょう。この手軽さが、ラベルが急成長した理由でもあります。 このようなラベルのあり方は日本の消費者にはまず受け入れられないと思います。イギリスの消費者はフェアトレード・ラベルを「信頼している」とも言えますが、いちいち物語のフェアさを判断するのがめんどくさいので、むしろ「上手にだまして」と言っているようにも思えるのです。
もちろん私は、ラベルがインチキだと言っているのではありません。ただ、消費者が「フェアさ」を判断する根拠なしにフェアトレード商品が流通することは、長い目で見た時フェアトレードのためになるのだろうか、と思うのです。 ところで、こうした問題も含めて「フェアトレードは貧困削減に結びつくのか」を考察した書籍『フェアトレードを学ぶ人のために』がようやく出版されましたので、気が向いたら手に取ってみてください(このブログの書籍紹介のコーナーにリンクがあります)。
【2011/6/20】
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