【ブライトン特急・24】《Yeoman》
ブライトン特急の車窓から見ることが出来る田園風景は、基本的に南イングランドの石灰質丘陵(Downs)なので、農地は少なく牧地がほとんどでいささか単調ですが、牧地と農地が混ざった田園地帯の美しさはイギリス人の誇りの一部を形成しています。イギリス人の田園地帯(countryside)好きは有名で、都市で働いていた人が定年を機に田園地帯に土地付きの邸宅を買って悠々自適の生活をするとか、家族は田園地帯に住んでいて旦那さんだけがウィークデーはロンドンに単身赴任しているとかという話はよく耳にします。
確かにイギリスの国土は日本の三分の二に対して人口は半分ですし、日本と違って国土の大半はなだらかな丘陵地帯ですから土地はふんだんにあり、点在する池や湖とともに織りなす田園地帯の光景はなかなかのものです。イングランド南西部や北東部などで早春の青空の下に、黄色い菜の花畑が緑の牧地のそこここに点在する景色は、絵心を刺激します。
しかし、イギリスでも日本と同じように地方部の過疎化と農業の衰退が社会問題化しています。二つの要因があり、一つは日本と同じ若年層の都市流出、もう一つは農業の商業化、とりわけスーパーマーケットの支配力強化です。これに対して有機農業(organic farming)、持続的な農業(sustainable agriculture)を目指す運動があるのも日本と同様、というよりも日本に比べると消費者の間により浸透しているように思えます。
インクランド南西部の港町ブリストルに本拠のあるオーガニック運動の総本山ソイル・アソシエーション(Soil Association)は、「健全な土、健康な人間、健やかな地球」をスローガンにオーガニック農産品の啓蒙・支援活動をしています。活動の中には学校を拠点とした食育、都市農村交流など日本と同様の取り組みも見られます。
同組織は1946年に集約農業に懸念を抱く人々の実験農場として発足し、1974年にイギリスで最初の「オーガニック産品」認証を設定、今では国内のオーガニック商品の8割が同組織のラベルを採用しており、スーパーなどでもしばしばこのマークをつけた商品を目にしますし、チャールズ皇太子も同運動を支援しているとのことです。(http://www.soilassociation.org/Aboutus/Ourhistory/tabid/70/Default.aspx)
毎年9月にはブリストルでオーガニック祭りが開催されます。私ものぞきに行きましたが、そこでは野菜、穀物、畜産品、乳製品、酒から魚までオーガニック食品(シリアルなどの加工製品も含まれます)のオンパレードで、イギリス国内の産品ばかりでなく、コットンや天然ゴムなど途上国で生産されるオーガニック商品も出展していました。その中でのぼりを立ててひときわ目立っていたのがヨーバレー(YeoValley)社でした。
Yeoという文字を見て私は最初、中国系の食品会社が進出しているのかといぶかったのですが、どうやらこれはヨーマン(Yeoman)から来ているようです。同社は南西部イングランドのサマセットにあるオーガニックヨーグルトの専門メーカーで、傘下にいくつかのオーガニック農民の協同組合を抱えているようです。同社のヨーグルトは主なスーパーマーケットには必ずある定番商品で私も愛用しているのですが、やはりソイル・アソシエーションのラベルがついています。
さて、ヨーマンという言葉、かつて高校の世界史の授業で聞いたことがありました。調べてみると中世イギリスにおけるジェントルマン(Gentleman)の対概念で小規模自作農を意味しており、辞書には「自由農民、郷士」とあります。大土地所有・中産階級であったジェトルマンと異なり、自らの所有地で農作業に従事しつつ、同時に武器所有の特権を持っている点で小作農とは異なります。しかしこの層は産業革命の進展とともに滅びた、とされています。
今日のイギリス農業では「ヨーマンの復活」が一つの理想に掲げられているといえるでしょう。スーパーマーケットが物流の大半を支配しているイギリスでは、スーパーに買い上げてもらうために規格に沿った農産品を指示通りの作り方で作らなければならず、おまけに買いたたかれる農民のフラストレーションがあります。他方、スーパーは世界中から商品を調達するので単純価格競争では生き残れないため、オーガニックで付加価値をつけなければならないという事情もあります。農民たちは自分の土地で自分の納得のいくやり方で農業をし、自立性を保つことを求めているのです。
ソイル・アソシエーションやこれに賛同する有機農家は、産品をスーパーに納入する一方で、産直市(Farmers market)、通販などの取り組みを強化しています(これも日本と同じですね)。いわゆる「地産地消」を訴えて学校給食に地元の農産品を用いるとともに食育運動を推進しているのも同様です。これを国土保全の観点からも推奨する人たちもいます。農薬まみれ、化学肥料まみれの牧地はイギリスの国土を荒廃させるという主張です。
当然のことながらこれは「自由貿易」とは衝突することになります。イギリスはEUに加盟していますが、EUからの離脱を訴える運動も根強く、その背景には自立的な農業の維持を願う人たちがいるのです。さらに、途上国との関係で言えばバナナなどイギリスで生産できないものはフェアトレードなどの形で輸入することに問題はありませんが、穀物、畜産品、野菜や果実などに対しては「フードマイレージ」の概念(産品を長距離移動することによるCO2排出を問題視する考え方)を用いて批判しています。
今年(2011年)のソイル・アソシエーションの全国総会はマンチェスターで開催され、三日間にわたってイギリス農業を巡る様々な問題が熱心に討議されました。参加者の半分は農家で半分は消費者、流通業者でしたが農家の人々の意識の高さ、情熱には感嘆すべきものがありました。
ただ、この総会の参加者はほとんどが白人でした。ロンドンにいると外国人の存在が当たり前に見えますが、イギリスはやはりアングロ・サクソン系の白人の国なのです。そして誇り高きヨーマンは、彼らの理想像なのです。【2011/6/13】
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