【ブライトン特急・43】《Regina》
イギリスは「王国」です。そして王、女王の存在感は日本の天皇よりも遙かに直接的です。それを端的に示すのが街角にある郵便ポストに鋳込まれている《R II E》のロゴです。最初のRは「現女王(日本で言えば今上天皇)」(Regina)で、真ん中は時計文字の2、最後はエリザベス(Elizabeth)で、読むときはQueen Elizabeth the Secondと読むようです。
このR-II-E(真ん中のIIは一回り小さな文字になっています)は、郵便ポストだけでなく、郵便(Royal Mail)の配送車のドアにも描かれていますし(下請け会社のワゴン車も赤く塗られていますがこのロゴは書かれていません)、当然のことながら近衛騎馬兵(Royal Horse Guard)の隊長は、盛装時にこの文字が大書された上着を着ます。また、ロイヤル・オペラ・ハウスの緞帳にもこのロゴが燦然と刺繍されています。つまり、Royal がつくものは、すべて女王陛下のものなのですね。さうそう、忘れてはならないのは紙幣。すべてのポンド紙幣には女王陛下の肖像とともにこのロゴが印刷されているのです。
女王の孫に当たるウィリアム王子の2011年4月29日の結婚式(Royal Wedding)もこの意味でロイヤル、つまり基本的には王室行事で、ロンドンは町を挙げての祝祭ムードに包まれ王室が国民の間に広く受け入れられているという印象を残しました。この前後、観光収入増加でおこぼれに預かる人も多いですが、交通警備などに巨額の国費も投入されます。特に2010年からの保守連立政権は支出削減に大なたを振るっているため、授業料値上げ、医療予算削減、年金削減などで被害を被っている人々の中で王室制度に批判的な人々(anti-royalist)はこのロイヤル・ウェディング自体に批判的で、同日ロンドン市内で「抗議のストリートパーティー」を開催していました。
さて、そのロイヤルカップルが6月末から最初の公式海外訪問先にカナダを選び、地元の人々から熱狂的な歓迎を受けているシーンが放映されていました。これは、単に人気のある外国のカップルだというだけでは説明できません。その熱狂はウィリアム王子が「将来の自分たちの国王」となる可能性が高いからなのです。そうです、カナダ、オーストラリア、ニュージーランドなど旧英領植民地だった国家(ほとんどが英連邦会議: Commonwealthの構成メンバーです)の一部は、今でも英国国王を自分たちの国家元首と兼任させているのです。ですから、この新婚カップルにもひとかたならぬ興味があるわけです。
中国でも、古代ローマでもイスラム帝国でも、王の権力が及んでいるかどうかは、王の定めた暦を人々が使い、王の鋳造した貨幣を人々が信頼して使っているかで決まるのです。イギリス人がユーロ加盟に躊躇しているのは、王室に対する支持が根強く、貨幣に女王陛下の横顔が刻まれなくなることを嫌っているからだ、というまことしやかな説もあります。
コインマニアの友人に言われて気づいたのですが、現在のイギリスのコインに刻まれているエリザベス女王の横顔には三種類あります。若いときの横顔、中年の横顔、現在の横顔で、見比べるとこの変化はなかなか興味深いです。ところで、王様が変われば、王のロゴも変わります。そうすると、近衛兵の制服やオペラ・ハウスの緞帳も新調されることになるでしょう。これは大変な作業ですが、日本でも天皇が替わると年号を替えるようなものでしょう。紙幣も順次入れ替えていけば1~2年で古い紙幣は消えていくでしょう。
しかし、郵便ポストはそう簡単にはいきません。何しろ、膨大な数が全国にあるわけで(ジブラルタルなど海外の領土にもあるでしょう)、そもそも郵便ポストは頑丈な鋳物製が多いので簡単に取り替えるわけにもいきません。このため、以前の君主のロゴのまま残っている郵便ポストを時々みかけることがあります。 ロンドン郊外のクラパム・コモンという場所に夏目漱石が下宿生活をしていた住宅街があります。その下宿の建物は今でもそのまま他の人が使っているのですが、その真向かいの建物の二階に日本人の漱石研究者が運営している「ロンドン夏目漱石記念館」があります。
この記念館がある通りを少し駅に向かって歩いたところに古い郵便ポストがあり、それにはRV(いずれも筆記体で、RとVは重なっています)のロゴをみることが出来ます。これは近代イギリスの黄金時代ビクトリア女王時代(1837-1901)に設置されたものなのです。 仮に治世の最後の頃に設置されたとしても、110年にわたって現役を貫いていることになり、1901年から1902年までこの近くの下宿に住んでいた漱石も、このポストから日本にも手紙を投函したに違いありません。そう思うとなかなか感慨深いものがありますね。【2011/7/2】
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