連帯経済

資本主義は最初から問題含み

近代資本主義が、産業革命と共に歩み始めたとするならば、その最初から「資本主義はおかしい」と感じる人達が常にいたようです。産業革命のふるさと、マンチェスターをはじめとするイギリスの各地では、農村部から押し出された人々が劣悪な住環境に押し込められ、劣悪な労働条件の工場で働き始めるようになりました。この状況に気づき「これは不正義だ」と思う人たちが様々な「実験」を始めます。

ユートピア社会主義者とも呼ばれた、ロバート・オウエン(1771- 1858年)は、協同組合運動の基礎を作った人の一人ですが、これは日本では江戸時代・幕末の話です(『オウエン自叙伝』岩波文庫)。その後、マルクス、レーニンなどもやはり「資本主義は行き詰まる」という前提で、人々がより良い生活を過ごせるための社会改革を構想したわけです。

1990年の東西冷戦の終結で「資本主義対共産主義」の勝負がついた、かと思われたものの、やはり「今日の資本主義は正義から逸脱している」と思う人はいなくならず、ネオリベラル資本主義の権化とも見なされる世界銀行のチーフエコノミストを務めた、ジョセフ・スティグリッツさえその著作で『世界の99%を貧困にする経済』(徳間書店・2012: 原書”The Price of Inequality” 2012)を糾弾しています。

修正するのか、別のものに乗り換えるのか

現代の資本主義が問題を抱えていることには、多くの人が合意していると思います。そして、これまで200年以上にわたって、世界中のいろいろなところで様々な「改良」「改革」の試みが行われてきました。

私も最近知ったのですが、ドイツとアルゼンチンで活躍したシルビオ・ゲゼル(1862– 1930年)は「貨幣」の存在に諸悪の根源を見て、貨幣のあり方を変える実験をしたそうで(廣田裕之『シルビオ・ゲゼル入門-減価する貨幣とは何か』アルテ・2016)、この運動は今日に至るまで大陸部ヨーロッパでは一定の影響力を持ち、「時間泥棒」をモチーフにしたミヒャエル・エンデの童話『モモ』(岩波書店)にも影響を与えているそうです(河邑厚徳+グループ現代『エンデの遺言』NHK出版2000)。

つまり、社会主義・共産主義だけが「資本主義に対するチャレンジャー」ってわけじゃないということです。

そして、「今の資本主義は不正義」だとして、これを少しでも良いものにするための改良主義の立場と、そもそも間違っているのだから資本主義を根底から別のものにしようという革命主義の立場があり得るわけです。

最近大陸ヨーロッパやラテンアメリカでしばしば聞かれるようになった「連帯経済」は、こうした「資本主義に対する対案」の一種とみることもできるようです。

ソーシャル・ビジネス

と、ここまでは聞きかじりで書けるわけですが、開発社会学者としての私にとって興味深いのはここからです。「連帯経済」ではどちらかというと社会運動、民衆運動的な流れの中で試行錯誤が繰り返されてきたわけですが、これとは別に今世紀に入ってから「ビジネスで資本主義のゆがみを正す」というソーシャル・ビジネスが登場してきました。これは、開発に関与する私たちにも近年なじみのある言説ですね。BOPビジネス、フェアトレード、インクルーシブ・ビジネス、社会課題解決型ビジネス・・などはこうした流れに位置付けられ、「格差是正」「貧困削減」など、「連帯経済」が志向するのと同じような問題意識から出発して様々な試行錯誤を、こちらも続けているのです。

ただ、大きな違いは「ビジネスを通じて」=現在の市場主義経済のルールの下で、「資本主義の歪み」を是正するという点です。つまり、「改良主義」ですね。

社会的・連帯経済(SSE)

 スイスのジュネーブの国連事務局(ニューヨークの国連本部に次ぐ大きさです)の中に、国連社会開発研究所(UNRISD)という、ちっぽけな国連機関があり、そこがこの数年「社会的・連帯経済」という概念の普及に努めています。

ざっくりいうと、アングロサクソン系の学問世界でしばしば語られる「社会的経済(Social Economy)」と、大陸欧州・ラテンアメリカで語られてきた「連帯経済(Solidarity Economy)」を、同じ土俵に乗せて、議論を深めようという試みです。もともと、それぞれの運動を担ってきた人々は各自固有のこだわりがあり、連帯経済の中、社会的経済の中もそれぞれ一枚岩ではありません。

それは重々承知の上で、社会的・連帯経済(Social and Solidarity Economy: SSE)という言葉を敢えて作り出し、実践・研究の両面から幅広い交流の場を設けているのです。

2015年には、UNRISDの研究員Peter Uttingが編集した”Social and Solidarity Economy: Beyond the Fringe” (Zed Books) が出ています。

闇鍋状態?

この社会的・連帯経済に含まれるものは、古典的な協同組合(日本の生協もこれに含まれます)、労働組合、農民組合(日本の農協もこれに含まれます)などの他にも、途上国の貧困者の知恵としてのROSCA (rotating savings and credit association: 日本の頼母子・無尽講・ゆいもこれに相当します)やマイクロ・ファイナンス、困窮者に対する周囲からの支援(子ども食堂もこれに含まれます)などから、近年はやりのソーシャルビジネスによる教育・保健・医療サービスの提供、さらにはフェアトレード、復興支援購買、ふるさと納税だって含めることができるかもしれません。

つまり、「社会的・連帯経済」というのは、資本主義に欠けている「社会性」「助け合いの精神」を補うものは何でも含みうる、という闇鍋状態ともいえるのです。

「何でもあり」では「何も言えない」に等しい、という批判も当然あります。ですが、この闇鍋から何が掘り出せるか、これからしばらく考えてみたいと思っています。手始めに、上記のUttingの本の翻訳をしようかと思うので、ご関心のある方はどうぞご連絡ください。

【開発とビジネス 2021/7/24】

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